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カテゴリ:エッセイ
先日ベトナムでショッピングモールを歩いていたら、ベトナム人のカップルがけんかをしていた。正確にはお互いに怒ってけんかをしているのではなく、ものすごく不機嫌になった女性が、男性を無視して歩いているのを、男性が何とかなだめようとしている状態だった。男性は必死で女性をなだめようとしているが、女性の怒りは強く全く無視していて、男性が女性の体に触れると手や体を大きく振って、男性を振りほどいていた。
お父さんが歩いている前方でやっていて、お父さんが横を通り過ぎるときに女性が振った手がお父さんに当たりそうになったせいもあり、「醜い女性だな」と思ってしまった。 本当にその男性から離れたいのなら、走って逃げるなりとにかく物理的に離れる努力をするべきである。ところが、男性が何か言うと女性はそれに対して鬼のような顔で怒鳴りつけていた。
要は男性に対して怒ってはいるものの、決定的に嫌いになったわけでも別れを決めたわけでもない。最近の言い方でいうとマウントを取っている状態と言えばいいのだろうか。お父さんも若いころに同じようなことをやったりやられたりした経験があるので、大人になった今では、女性が男性と別れるつもりは一切ないということがわかる。 若い男性は、ある程度そうかなと思っているのかもしれないが、とりあえず必死で女性の期限を治そうと試行錯誤していた。
今のお父さんだったら、怒っている女性をその場において帰ってしまうと思う。それで関係が終わったらそれまでだし、おそらく仲直りする機会は遠からず訪れると思うからだ。大体人がたくさんいるショッピングモールのど真ん中で、一方的に男性を痛めつける女性がまともとは思えない。結婚していないのだったら、今すぐ別れたほうがいいですよと言ってあげたい気分だった。
年をとっていろいろな経験を積んでくると、若い人の悩みや言動が陳腐に思えてしまうことが多々ある。お父さんの言動もさらに経験を重ねた老人から見れば、滑稽であることも多々あると思う。
子供たちが怒られた時の言い訳も、部下がミスした時の言い訳も、自分が若いころに同じようにミスをして怒られて嘘の言い訳をしていた経験を持っているので、見抜くのは簡単である。もう少し頭をひねって上手にやれよと思いながら聞いていることは多々ある。面倒くさいのである程度で相手を尊重するように発言して切り上げると、「やった、ウソが通じた」とほっとしているのを見ることがあるが、実はすべて見抜かれていることを本人は知らない。自分が起こる立場にまで成長して初めて、「ああ、あの時の言い訳など見透かされていたのだな」と理解する。お父さんも今となってはうまくやったと思っていたことの大半は見透かされていたと理解している。うまくやったといい気になっていたあの頃の自分に説教をしたくなるほどである。
大人として、経験者として生きていると、わかりたくないものまでわかってしまうのはたまにつらい時がある。知らずにいるほうが幸せなことというのは意外と世の中には多いのだ。必死でウソをついている子供の上手な許し方などなかなか思いつくことはない。言い訳を心から信じて許したほうが、お父さんの精神は休まるだろうに。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.11.12 00:10:13
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