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じゅびあの徒然日記

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2008年07月13日
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カテゴリ:統合失調症
精神科の教科書に二人組精神病(フォリアドゥ)、という言葉がある。
親密な関係である二人(生活を共にするような親子、夫婦...)のうちの一人に幻覚や妄想がある時、もう一人も同じような訴えを持つことがある、そういうケースのこと。
もともと精神病を持たない片方の人間が、たとえば結婚して精神病の親と離れて生活を始めた場合、まるで憑き物が落ちたように症状が消えてしまうのが特徴である。

ある、初老期の統合失調症の女性を、入院でお預かりした。
何十年もほとんど家から出ずに生活していたため、とりたてて大きな問題を起こさなかったが、今回は、隣の敷地で木の枝を切ったり、石を投げたりしてしまったのである。
いらした時は、腕を振り回すばかりで、まったく話が通じなかった。
一応話しているのが日本語とは分かるが、疎通がここまでとれないと、宇宙人と対話しているようなものである。

女性の場合、幻覚妄想や著しく解体した思考を持ちながら、何十年も家庭で過ごした末、未治療で精神科病院に訪れることが割合多くある。
圧倒的に男性より多いのだが、これは決して長寿なせいではないし、「座敷牢」に入れられていたわけでもない。
話もほとんど通じないのに、単純型統合失調症といえるようなもので、家族の寛容度が高く、家の中の家事だけはきちんとやってきたなんていうケース。

話を戻そう。
この患者さん、当然病識もないし、自分で入院治療に同意するだけの現実検討能力がないから、娘さんを保護者とする医療保護入院となった。
入院で治療を開始し1週間ほどで、拒絶的な態度はなくなり、多少はこちらの問いに答えてくれるようになった。
家では半年以上入っていなかった風呂にも入れたし、髪も洗ってとかせたし、魔女のように伸びた爪も切らせてくれた。
落ち着きなくうろうろすることもなくなって、椅子に落ち着いて座っていられるようになったし、自室を飛び出すこともなく休めるようになった。
それでも「隣の土地の●●さんが」と突然話し出したり、「私はビジネスママなのよ」など意味不明な会話が半分くらいだった。

本人は患者さんだからこんなものだが、いざ入院させてから娘さんが謎すぎた。
着替えを頼めば、タンクトップや、マイクロミニみたいなスカートばかり持ってきた。
一応初老のおばあちゃんなので、「えええっ?」とスタッフと目を丸くしたものだ。
娘さんは非常にマメに面会に来るのだが、あの意味不明な会話をする患者さんと、長時間話し込んでいるのである。
患者さんは時々意味なく娘さんの頬をぴしゃんと叩いたりしているが、それをニコニコと何度も「ダメでしょ」と両手でくるんでは離している。
そんな様子を見ていると、突然娘さんが家族面談を要求した。
「まあ、来た時よりは随分静かに落ち着けるようになったなあ。娘さんもそう思っているだろう。でも退院はまだ当分先ですよ」と説明しようとして面談室で対面した私は、突然娘さんに怒られたのである。
「確かにうちの母はご近所に迷惑をかけました。保健所や役所にも言われて仕方がないから連れてきました。お風呂にも入れてもらって有難いと思っています。でも、ここへ入院させて動けなくさせられるとは思わなかった。前はもっと、よく動いていました。」

誤解のないように言っておくが、患者さんは決して動けなくなっていない。
もちろん入院時に若干鎮静をかけるという説明はした。
食事・排泄・歩行も自力でしているし、ドアを開けてベランダに出てベンチに座り、ブツブツ独語もしている。
ただ、うろうろ無意味に動き回ることがなくなって、一ヶ所に落ち着いて座っている時間が長くなったというだけだ。

「この娘さんは、私たちと『正常・異常』の感覚が違う!」と気づいた。
まったく話が噛み合わず、インフォームドコンセントがなんとか、というレベルの話ではない。
つまりこの保護者である娘さんのニーズ(あるのかないのかよく分からない)と、私の提供できる治療というサービスが、一致することはないのである。

さて困った。
これでは退院させても、外来治療にものらないだろう。
何しろこの娘さんは本当には困っていなくて、近所や役所に言われたから連れてきただけなのである。
治療としては全く中途半端だ(まだほとんど軌道に乗っていない)が、退院にするしかなかった。

看護の職員に尋ねると、やはりこの娘さんとの接触性に違和感があったと言う。
病棟の説明をしても、聞いているのか聞いていないのかわからないような感じで、共感性に乏しかったのだ。

数日後に改めて迎えに来て退院、とあいなったのだが、それを聞いた役所が血相を変えて「どうして退院させるんだ。市長同意(保護者になりうる身内がいない場合に使う)で何とか継続できないのか」と電話してきた。
入院前は年金のことなどで、毎日のように役所に押し掛け、意味不明のクレームをつけていたようなので、役所としては簡単に出て来られては困るのが本音なんだろう。
以前にもご近所トラブルでこの患者さんが警察に保護された時、迎えに来るよう連絡しても、この娘さんは「別に大したことではないから、行く必要はない」と気にもかけなかったそうである。

私はこの娘さんの印象を、ちょっと病的、ひょっとしたら発病しかけているのかもしれない、と感じていた。
実際、患者さんと話をしているのに近かった。
少なくとも、スキゾタイパルな人であることは間違いない。
もしこの娘さんが、精神病であると診断されれば保護者として不適格ということになるから、市長同意に切り替えというのもありだろう。
しかし、それにはこの娘さんがどこかへ受診して診断を受けることが必須だし、その診断は他医が行うべきで、私がするべきではない。
入院継続を拒否した保護者に、「お前は精神病だ」といきなり主治医が言って、勝手に入院を継続した、とあっては、訴訟になってしまう。

だいぶ役所には食い下がられ、しまいには保健所の保健師まで退院になるのが納得できないと飛んできたが、彼女の入院治療を行うには、何か刑事事件を起こして措置入院になるしか方法がないだろう、逆に微罪であっても、そのタイミングで持ち込むしかないと説明した。
まあ、ご近所には迷惑だが、とんでもなく大きな事件は起こさないと思う。
いっそ最初から娘さんなしで、「身寄りがありません」と来てもらえば、対応できたのだが、こればかりは仕方ない。

この娘さんの感覚のズレ、が患者さんである母親に長年育てられた環境因なのか、それとも娘さん自身にある遺伝負因なのかは、わからない。
「うちの母のいったいどこがおかしいのか、言ってみてください」とまで言われては、たぶん、二度と私のところに来ないだろうし。





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最終更新日  2008年07月13日 23時26分01秒
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