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2022年01月01日
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The Bronx. Manhattan. NY 1978
Photo by Manel Armengol / Archivo
images.jpeg
 
 
 

 >前回
 
 
 七ブロックほど歩き、〝アミーゴ〟という名の大きなバーに入る。ジューク・ボックスがラテン音楽を流すその店に入るのは、店側の人間も客もみんなプエルトリコ人のようであった。
 カウンターのスツールに浅腰を降ろした片山は、ラム酒を熱湯で割ったホット・グロッグをちびりちびりと飲む。
 プエルトリカンは人なつっこい男が多いから、左右の男たちが話しかけてきた。
 片山は、数十年間もC・I・Aのダミーである殺人狂一家が独裁を続けている中南米のアホラグアから、少年時代に父母に連れてこられてこの国に逃げてきた、と英語と下手(へた)なスペイン語を混えてしゃべった。
 スペイン語もほとんど忘れるほどになったのに、この国では人種偏見のせいでまともな職につけない。祖国に革命でも起ったら飛んで帰りたいが、C・I・Aがあるかぎり革命は無理だろう、とぼやいてみせる。
「俺(おれ)たちだって、好きでこんな寒いブロンクスに住んでるわけじゃない  
 右側の白人の血が濃いプエルトリカンが、Rの発音が強い尻上がりのラテン訛(なま)りの米語をまくしたてた。
「確かに俺たちの祖国プエルトリコは、昔から物質的な面では豊かとは言えなかった。しかし太陽は輝き、贅沢(ぜいたく)さえ言わなければ、日々食いものを手に入れるために、そうアクセク働く必要はなかった。ヤシやバナナの木が十本ずつもあれば飢えずに済んだし、カヌーでちょっと海に出たら、腐るほど魚が獲れたんだ。
 ところがアメリカが戦争で俺たちの祖国をブン取ってから、消費の悪徳を教えやがった。ベルト・コンヴェア式の工場を次々におっ建てやがって、同胞を奴隷のようにコキ使った。合衆国だったらとても建てることを許されない公害企業を俺たちの祖国に移して、木を枯らし魚を殺した。
 だから俺たちはプエルトリコをプエルトリコ人のものにする独立運動の闘士のシンパなんだ。だけど合衆国はすでにプエルトリコに莫大(ばくだい)な資本を投下しているし、キューバに睨(にら)みをきかせる広大な軍事基地から撤退する積りはさらさらない。それに、俺たちの祖国の安い賃金や安い原料は合衆国の資本家やそのダミーの総督一族にとって大いに魅力なんだ」
「なるほど、あんたも、ホット・グロッグをどうだい? あんたのほうは?」
 片山は右側の男と、黒人の血が濃い左側の男の二人に尋ねた。
「どうせ払ってくれるなら、俺はストレートのダブルをもらおう」
「俺もだ」
 二人の男は答えた。
 片山はバーテンに奢(おご)り分の代金を払った。
 左側の男はバーテンがよこしたグラスのラムを一気に喉(のど)に放りこみ、火のような息を吐くと、
「ここ数年ニューヨーク、特にブロンクスに続いている放火や爆破事件は、はじめは確かにプエルトリコ独立運動の過激派のデモンストレーションだったということにしておこう。
 あんたはサツのスパイでないと思うから・・・・・・友達(アミーゴ)だと信じたいから言うが・・・・・・そのあとはF・B・Iや市警の囮(おとり)が過激派を炙りだすためにやってるんだ。
 そのうちに、老朽化した上に色々な騒ぎで借り手が無くなったビルの持主が、ビルをスクラップ化して保険金をせしめるために、チンピラに金を払って放火させた。
 銃撃戦のほうも、はじめに手を出したのは過激派か知らんが、この頃はF・B・Iや市警のほうから仕掛けてくる。
 だから自衛上、こっちも射ち返すんだ。俺たちプエルトリカンを追い出そうとするF・B・Iや市警の、捜査に名を借りた強引すぎる嫌(いや)がらせにアタマにきて、パトカーや私服を見つけ次第ブッ放すアミーゴもいるがな。
 ビルの放火や爆撃の話に戻るが、この頃は大資本家・・・・・・白い巨大起業家と呼ばれている連中が俺たちのうちの恥知らずを使ってやらせている。廃墟のサウス・ブロンクスを安く買い叩いてから、俺たちを追い出し、白人だけの御立派でモダーンなモデル都市にする計画だとさ」
「その大企業のうちで一番派手にやってるのは?」
 もう一杯、ダブルのラムを奢った片山は尋ねた。
「ジャクスン不動産だ。社長の名は知らんが、いろんな銀行を持ってるという話だ」
 男はあっさりと言った。
 その時、バーの近くで、拳銃や散弾銃、それに自動ライフルの銃声が激しく交錯した。流れ弾の唸(うな)りまで聞えた。
 ラテン・ミュージックに合わせて踊っていた連中も化石したようになる。片山の左の男が拳銃をポケットから出してバーテンの一人に渡した。バーテンはそれを、ゴミ箱の底に突っこむ。
 多勢の足音がバーに殺到し、ドアが蹴(け)り開かれた。市警の制服の警官三人を混えた十人の男が店に踏みこみ、戸口の近くに一列に並んだ。拳銃を構えている私服もいるし、銃身を短く挽き切った散弾銃を腰だめにしたり、M十六ライフルを胸に抱えている防弾チョッキ姿の俗称スワット   特殊武装作戦部隊(スペッシャル・ウィーポンズ・アンド・タクチックス・チーム)など州や市によって正式名称は色々ある   の狙撃手もいる。
 
 

IMFDB.com - High Standard Flite King Shotgun Series
http://www.imfdb.org/wiki/High_Standard_K-1200_Riot_Deluxe_Shotgun
 
 

 
 
 
 
Winchester Model 1912 - Riot Gun - 12 gauge

http://www.imfdb.org/wiki/Winchester_Model_1912
 
 

 
 
 
 
Youtube -
Model 12 Winchester by hickok45
https://www.youtube.com/watch?v=6bsJZO4zti0

 


 
 
 
「F・B・Iだ! 俺たちを狙い射った馬鹿がこのバーに逃げこんだ。みんな床(ゆか)に伏せろ。壁の近くの野郎は、壁に向って手を突け!」
 葉巻を横ぐわえにした中年男の白人が、手帳のバッジを左手で示しながら怒鳴った。
「無茶な! 銃声が聞えてから、誰もここに入ってきた者はいない」
 チーフ・バーテンが叫んだ。
「つべこべぬかすと、二度とこの店が開けないようにしてやるぜ」
 F・B・Iの分隊長は、天井のミラーボールの一つを右手の拳銃で射ち砕いた。四四マグナム実包だったので銃声と衝撃波は凄(すさま)じく、砕けたミラー・ボールの破片を浴びた客が悲鳴をあげる。
 客たちも従業員も、床に身を伏せたり、壁に両手を突いたりした。革コートのボタンを素早く外していた片山は、ゆっくりとスツールから降りた。
「死にてえのか、リコ野郎!」
 分隊長は片山にS・Wマグナム拳銃の銃口を向けようとした。
 片山は百分の数秒でも節約するために、腰のホルスターのG・Iコルトには、薬室にも装塡(そうてん)してあった。
 G・Iコルトには把式安全装置(グリップ・セーフティ)がついているから、親指で押し下げる安全弁の安全性については信頼出来ないとしても、撃鉄をハーフ・コックにしておけば、暴発の可能性は非常に少ない。
 片山は腰を軽く落し、上体をうしろに反らせながら右手を閃(ひらめ)かせた。目にもとまらぬ早さで抜きながら親指で撃鉄を起したG・Iコルトを、片山は続けざまに七発速射する。
 あまりにも速射のスピードが早いので、銃声は二発分しか聞えない。しかも、その間に片山は次々に狙いを変えているのだ。
 速射しながら左手でベルトのサックから予備弾倉を取出した片山は、G・Iコルトの薬室に実包がまだ一発残っている間に、空になった弾倉を弾倉室から抜き捨て、予備弾倉を插入(そうにゅう)した。
 その時、左胸に激しい着弾のショックを受けてよろめいたが、素早く立ち直って速射を続ける。
 捜査側の男たちは、二秒のあいだに、みんな顔面を四十五口径弾に射ち砕かれて転がった。
 射ち返してきた男もいたが、パニックに襲われていたために片山を外れ、客や天井に射ちこんでいる。
 捲(ま)きぞえをくらって一番気の毒な目に会ったのは若い二人の女で、銃身を挽き切って至近距離でも散弾のパターンが大きくひろがる散弾銃のライアットガンから放たれたバック・ショットを数粒くらって頭蓋骨の上半分がドンブリのように開いている。
 片山は左胸の心臓部の近くに弾痕(だんこん)があいた革コートをちらっと見てから、捨てた弾倉を拾い、ポケットから出した四五口径ACP実包を七発素早く詰めた。
 拳銃の弾倉室から、実包が四発残っていた弾倉を抜いて、三発補弾する。
 拳銃を腰だめにし、死体をまたぎ越えてバーの戸口に向う。
「待ってくれ、アミーゴ! カマラード!」
 F・B・Iが踏みこんでくるまで、カウンターのスツールで片山の横にいた黒人系のプエルトリコ人が叫んだ。
「グッド・ラック、アミーゴ!」
 片山はF・B・Iの分隊長の死体の頭を蹴(け)とばして脳を飛び散らせてから表に出た。
 このバーの客にはF・B・Iや赤い軍団のスパイや情報屋もいるだろうし、射ちあいの捲きぞえでプエルトリコ人を何人も死なせてしまったのだから、片山としては逃げるほかない。
 遠回りしてジョン・マンソン・アンド・サンズの廃墟(はいきょ)のビルに戻った片山は、灯(あかり)が外に漏れない地下室で、ボール・ペン型の懐中電灯を使って、防弾チョッキを調べてみる。
 片山に命中したのは口径三十八のS・Wスペッシャル弾のようであった。特殊繊維の十数枚目のあいだで平べったく潰(つぶ)れている。そして、片山の左胸は、直径十センチほど薄い青痣(あおあざ)になっていた。
 その夜、片山は一〇二七号室で、スリーピング・バックのサイド・ジッパーを開いたまま、ウージー短機関銃を手許(てもと)に置き、鎮静剤を飲んで眠った。
 夜が明けたが、襲ってきた者はいなかった。痛みは一夜の眠りでほどんど去っていた。
 バックパッカー・ストーヴを使ってバターを敷いたフライパンでライ麦パンをフライしたフレンチ・トーストと、乾燥(かんそう)プラムを水で戻したものを朝食にとった片山は、ひと休みすると、背もたれが壊れて外れた椅子に腰を降ろした。干肉(ジャーキー)をかじり、乾燥天然ジュースを水で溶いたもので喉(のど)を湿しながら、スポッティング・スコープの焦点をジャクスン不動産ビルの玄関に合わせ、出勤してくる連中を偵察(ていさつ)する。首と背中が硬(こわ)ばってきた。


 いきなり射たれた。
 四四マグナム拳銃弾の轟音(ごうおん)と共に背中の右側に一発くらった片山は、スポッティング・スコープの接眼鏡の保護ゴムに眉(まゆ)をぶっつけながら前に突んのめって、椅子から転(ころ)げ落ちそうになる。スポッティング・スコープが三脚ごと倒れた。
 激しい着弾のショックに肺じゅうの空気を絞り出され、意識が途切れそうになりながらも、片山は右手を腰の拳銃に走らせようとした。
 続けて、一秒間に二発、三発、四発、五発と背中にくらい、壁に額をぶっつけて転がる。何とかして抵抗しようとあせるが、着弾のショックで体が痺(しび)れてしまって、うまく拳銃が抜けない。
 やっと抜いた時、走り寄ってきた男によってG・Iコルトは片山の右手からあっさりと奪われた。
 別の二人の男が、まだ体が痺れている片山から革コートを脱がせ、防弾チョッキも脱がせる。体じゅうをさぐってほかの火器を持ってないか調べる。ブーツ・ナイフが発見されたが、彼らは鼻で笑って、刃物など問題にしない。
 背中側が孔だらけになった防弾チョッキと、これも孔(あな)だらけの革コートを持って、二人の男は部屋の入口近くの簡易バリケードの前に戻った。防弾チョッキと革コートを捨て、腰の拳銃の銃把(じゅうは)に軽く手を添える。
 簡易バリケードの、人が一人通れるだけの隙間(すきま)の前に、鬼気迫る雰囲気(ふんいき)を発散させた四十歳ぐらいの長身の男が、S・W四四マグナムのリヴォルヴァーを右手で腰だめしていた。足許に、輪胴(シリンダー)弾倉から抜き捨てた四四マグナムの空薬莢(からやっきょう)が六個転がっている。
   

  

IMFDB.com - Smith & Wesson Model 29
chambered in .44 Magnum

http://www.imfdb.org/wiki/Smith_%26_Wesson_Model_29

 



 
 
 片山は物凄(ものすご)い苦痛を覚えてはいたが、カーッと体内を走りはじめたアドレナリンのせいで、意識ははっきりしはじめ、眼の霞(かす)みも去り、運動神経が甦(よみがえ)ってくるのを知る。
 四四マグナムを腰だめにした長身の男は、削げたような頬(ほお)と、洞窟(どうくつ)の奥で燃える鬼火のような眼を持っていた。薄い唇(くちびる)を真一文字に結んでいる。凶々(まがまが)しいその男は、〝コヨーテ〟こと、ブライアン・マーフィ・・・・・・赤い軍団の参謀本部長であり、ダヴィド・ハイラルのボディ・ガードだ。
「俺を追ってるようだな? だけど、俺のほうが貴様を追いつめた。ケネス・マグドーガルさんよ。ケンと呼ばせてもらおうか?」
 ライアンは陰惨な声を出した。
「〝カイオーテ〟だな? ダヴィド・ハイラルは、いまどこにいる?」
 片山は嗄(しわが)れた声で言った。
「こいつは驚いたぜ・・・・・・」
 ブライアンは地獄の奥から聞えてくるような笑い声をたて、
「防弾チョッキをつけてたとはいえ六発も四四マグナム弾をくらったんでは、普通の男なら肋骨(ろっこつ)がバラバラになってるところだ。それだのに、俺を尋問しようなんて見上げた根性だぜ。二人とも、ケンのしぶとさをちょっとは見習ったらどうだ」
 と、左右の男たちに素早く視線を走らせる。
「パリの食料品デパート・フォルチンの爆破を指令したのは貴様か?」
 片山は苦しげな声を絞りだした。
「デパート・フォルチン? フォルチン・・・・・・フォルチンか?・・・・・・どれぐらい前のことだったかな。そうそう、あの爆破であんたの可愛い女房とジャリがくたばったそうだな。気の毒なことだった。もっと美人の女とさっさと再婚でもしたら、こんなことにはならなかったろうにな。貴様が古女房とガキどもに恋々としたのが、お互いにとって不幸だった。貴様にも我々の軍団にもな」
 ブライアンは冷たく言った。
「デパート・フォルチンに実際に爆弾を仕掛けた野郎は誰なんだ?」
「こいつはますます驚いたな。これから、どうやって仇(かたき)をとろうっていうんだ? だけど、地獄への土産に教えてやる。あのデパートに爆弾を仕掛けた兵卒は、西ベルリンの新聞社を爆破する時、逃げ遅れて粉々になってしまったぜ」
「そうか・・・・・・それを聞いて、ちっとは気が晴れた。だけど、奴に指令を与えた貴様も、貴様のボスのダヴィド・ハイラルの野郎もまだ生きている」
 片山は吐きだすように言った。
「こいつは面白い。俺と勝負しようと言うのか? だが、貴様の拳銃(ハジキ)は俺の手にあるんだぜ?」
 ブライアンは再び陰々と笑った。
「・・・・・・・・・・」
「貴様のガンさばきは早い。それに正確だ。俺はそのことを率直に認めよう。昨日の夜も、F・B・Iや市警の馬鹿どもを、あっと言う間にやっつけたそうだな。
 俺も早射ちには自信がある。だけど、貴様のようには早くないと認めざるをえない。そこで、フェアな勝負をやってみようと思う」
「フェアな勝負? 同時に抜くのか?」
「馬鹿な。俺がそんなに甘い男に見えるか? 貴様のG・Iコルトは、薬室からも弾倉からも実包を全部抜いておいてから遊底(スライド)を閉じ、弾倉に一発だけ装塡して貴様に渡す。薬室は空だ。貴様がホルスターにそのハジキを戻す前にスライドを引いて弾倉の一発を薬室に移そうとしたら、俺は遠慮なくブッ放す」
「・・・・・・・・・・」
「俺のリヴォルヴァーのシリンダー弾倉には六発詰まっている。俺は撃鉄を起し、抜いたらすぐ射てる状態にしてホルスターに戻す。俺の 〝ゴー〟の合図で、二人ともハジキを抜いて射ちあうんだ」
 ブライアンは薄い唇の両端を吊(つ)り上げた。
「それがフェアな勝負だと言うのか? これは殺人だ。恥を知れ、カイオーテ!」
 最後のチャンスがやってきた、と思いながらも、片山はわざとヒステリックな声を張りあげた。
「恥を知れだと? 貴様だって無抵抗な男を大勢殺した。それから見ると、この勝負は、フェアもいいとこだ」
「俺は怪我(けが)をしていて体を自由に動かせない」
「泣きごとはよせ。さあ、はじめるぜ。まず片膝(かたひざ)をついて上体を起せ」
 ブライアンは酷薄な表情で命じた。
 片山は顔をしかめ、呻(うめ)き声を漏らしながら、ブライアンの命令にしたがった。
 ブライアンが左側の男に片山のG・Iコルトを渡した。
 ヘヴィー級のボクサーのような体つきと潰(つぶ)れた耳を持つその男は、G・Iコルトからまず弾倉を抜いた。弾倉を口にくわえ、G・Iコルトの遊底(スライド)被を手で引いて銃身後端の薬室に入っていた四十五口径実包を抜き捨てる。遊底を空(から)の薬室に閉じた。引金を引いて撃鉄を倒す。
 
 

IMFDB.com - M1911 pistol series - M1911A1

http://www.imfdb.org/wiki/M1911A1#M1911A1
 

 
 
 

 
 
 
 
Youtube -
Shooting the World War II Colt 1911A1 45ACP pistol by capandball
https://www.youtube.com/watch?v=GvQWGKxYujs
 


 
 
 
 次いで、くわえていた弾倉を左手に持ち、太い親指で弾倉内の実包を次々に抜き捨てる。弾倉が空になったことをブライアンに見せ、コンクリートの床に落ちていたドングリのような実包を一発拾って弾倉に押しこみ、その弾倉を銃把(じゅうは)の弾倉室にカチッと音がするまで押しこんだ。
 言うまでもなく、G・Iコルトのような自動装塡式拳銃の場合、弾倉に装塡されていても、薬室が空の場合、引金を絞ったり撃鉄を起したりしたところで弾倉の実包が薬室に移るわけではない。何らかの方法で往座スプリングの強力な抵抗に逆らって遊底(スライド)被を引いてやる必要がある。
「よし、渡せ」
 ブライアンは左側の男に言った。
 男は上体を折り、G・Iコルトを片山のほうに滑(すべ)らせた。跳ねながら滑ってきた拳銃は片山の近くで止まった。
「よし、拾え、拾ってから、ゆっくり立つんだ」
 片山に四四マグナム・リヴォルヴァーを向けたままブライアンは命じた。
 片山は言われた通りにした。
「よし、ゆっくりとハジキをホルスターに収めてから右手をゆっくり横にのばすんだ」
「分った」
 やたら噛(か)みタバコが欲しいと思いながら片山はホルスターに拳銃を収めた。ブライアンが命令しないので、力をこめて抜くと自動的にスナップ・ボタンが外れるように作らせてある安全止革は掛けない。
   

  

George Lawrence Co. Model #518, Portland Oregon
for Colt .45 Auto full size 1911

 

 
 
 

 
 


 
 

「よし、二人とも、奴がおかしな動きを見せたらブッ放すんだぜ」
 ブライアンは左右の男に命じた。
 二人の男はホルスターから拳銃を抜いて腰だめにした。二丁とも四一マグナムのリヴォルヴァーだ。
   

  

IMFDB.com - Smith & Wesson Model 57
chambered in .41 Magnum

http://www.imfdb.org/wiki/Smith_&_Wesson_Model_57

 

 
 
 
IMFDB.com - Smith & Wesson Model 58
chambered in .41 Magnum

http://www.imfdb.org/wiki/Smith_&_Wesson_Model_58

 

 

 
 
  
 片山は、ブライアンは防弾チョッキを上着の下につけていると判断した。
 果してブライアンは、長い上着の裾(すそ)をまくって、金銀の彫刻入りの腰のホルスターに四四マグナムを戻す時、M三タイプの防弾チョッキの一部を露出させた。睾丸(こうがん)や男根を保護するグロイン・プロテクターもつけている。
 ブライアンは、ホルスターに戻した拳銃の銃把からまだ右手を放さぬうちに、
「ゴー!」
 と、叫んで四四マグナムを抜きはじめる。スピードは早かった。
 片山は背中の痛みに耐え、撃鉄を親指で起してメイン・スプリングの抵抗を取去りながら一度抜きかけたG・Iコルトのスライドのバレル・ブッシング下部を、硬い革に鋼板をサンドウィッチされた特製ホルスターの前部に強く圧(お)し当ててスライドを押しさげた。
 複座スプリングの力で戻るスライドが弾倉の実包をくわえて薬室に送りこんで閉じると同時に、尻餅(しりもち)をつく姿勢で腰を落していた片山は、左手首を上に反らせ、ホルスターの底を射ち抜きながら、ブライアンの右の肩口、首の付け根に射ちこんだ。
 ブライアンの抜き射ちのスピードも早かった。しかし、上着をつけていない上にホスルターの安全止革を掛けてないため有利になった片山のプッシュ・ロッディングと、ホルスターごとブッ放す緊急射撃のスピードがブライアンを上回ったのだ。
 防弾チョッキで保護されていない右の首の付け根を破壊されたブライアンは、信じられぬといった表情を浮かべ、着弾のショックでコマのように回りながら四四マグナムを右側の男に向けて暴発させた。
 バリケードがわりの椅子や机に叩きつけられたブライアンは、崩れ落ちたスチール・チェア数個の下敷きになる。
 すでに尻餅をついていた片山は、ブーツから二本のガーバー・マークIナイフを左右の手で抜いていた。
 ブライアンの右側の男が泡を食らって泡(あわ)をくらって四一マグナムをブッ放したが片山を大きく外れた。
 片山はまず右手のナイフをその男に向けて投げ、左手のナイフを右手に持ち替えて投げる。
 喉(のど)と心臓をナイフに貫かれたその男は四一マグナムを放りだし、双刃のナイフを喉と心臓から引き抜こうとして指がポロポロと切れ落ちる。
 片山は素早く自分のG・Iコルトを拾った。薬室も弾倉も空になっているので、スライドは後退したまま止まっていた。腰のベルトの革ケースの一つから予備弾倉を抜いて、空になった銃把の弾倉と替えた片山は、スライド・ストップを押し外してスライドを前進させ、弾倉上端の実包を薬室に送りこむ。
 その時になって、今さっき不自然なスタンスから射った右手首が痛むことに気付く。肋骨だけでなく内臓も激しい打撃を受けているらしく、耐えがたいほどの苦痛を今になって自覚する。
 ブライアンの暴発弾を腹にくらったヘヴィ級のボクサーのような男は、射出孔からはみ出た自分のハラワタを見て気絶していた。
 G・Iコルトを口にくわえた片山は、二本のナイフにやられて倒れている男の体に片足を掛けて押さえ、二本のナイフを引き抜いた。それで、ボクサーのような男の両手の指を叩き切る。
 ナイフの血を男の服で拭(ぬぐ)ってブーツの内側の鞘(さや)に収めた片山は、右手にG・Iコルトを握り、椅子の下敷きになったブライアンを左手で引きずりだした。〝コヨーテ〟は、頸動脈(けいどうみゃく)から噴水のように血を吹きだしてていた。
「勝負はついた。貴様がどんなに汚ない手を使っても、貴様など問題にならん早射ちが世のなかにいることを知ったろう? さあ、しゃべるんだ。ダヴィドはどこに隠れてやがる」
 激痛に耐えながら片山は迫った。
「お、教えてくれ・・・・・・薬室は空だったのに・・・・・・ど、どうやって?・・・・・・」
 ブライアンは、かろうじて声を出した。
「プッシュ・ロッディングだ。ホルスターを使ってスライドを後退させたんだ。知らなかったのか、カイオーテ?」
「そ、そうか・・・・・・話でしか・・・・・・そのテクニックは・・・・・・知らなかった・・・・・・あんまり早いので、俺の目には・・・・・・見えなかった・・・・・・俺の負けだ・・・・・・」
「ダヴィドは・・・・・・ハイラルはどこだ?」
 苦痛のあまり片膝をついて蹲(うずくま)った片山は尋ねた。
「キャナダの・・・・・・秘密基地の本部・・・・・・中性子爆弾開発研究所に・・・・・・」
「中性子爆弾を、もう実用化したんだな?」
「ああ、ムッシュー・ハイラルを追うんなら追え・・・・・・だけどな・・・・・・合衆国とキャナダの国境は・・・・・・我々の軍団が封鎖している。・・・・・・キャナダに向う便がある合衆国内の空港にも・・・・・・キャナダの国際空港やチャーター便専用のローカル空港にも・・・・・・我々の軍団が張りこんでいる・・・・・・沿岸の港にもだ・・・・・・ブリティッシュ・コロンビアとアルバータとユーコンとノースウェスト・テリトリーの主要道路には軍団の検問所がいたるところにもうけられている・・・・・・合衆国からキャナダに向う主要道路にもだ・・・・・・」
 ブライアンは口から血の泡(あわ)を吹きながらしゃべった。
「ダヴィドが隠れている秘密基地の本部の正確な位置は?」
「ユーコンとノースウェスト・テリトリーの境の・・・・・・ノースウェスト・テリトリー側にグリズリー・パウ湖がある・・・・・・グリズリー・パウ湖はロッキー山脈の先のセルウィン山脈とマッケンジー山脈にはさまれている・・・・・・本部は湖の東側のマッケンジー山脈の腹を掘った地下都市だ・・・・・・」
 ブライアンは呻(うめ)いた。
「赤い軍団の・・・・・・ダヴィド・ハイラルの最終の狙(ねら)いは何なんだ?」
「中性子爆弾は・・・・・・まだ二十発しか完成してない・・・・・・それが数千発に達したら・・・・・・合衆国の核物質処理の代表的大企業の幾つかはすでにトーテム・インターナショナルが吸収合併して・・・・・・核物質をキャナダの秘密基地に横流ししているから、数千発の中性子爆弾が出来上るのは時間の問題だが・・・・・・ともかく、その時が来たら・・・・・・西側世界で最も豊かな天然資源に恵まれている広大なキャナダを・・・・・・中性子爆弾を使って乗っ取る・・・・・・キャナダの主要な都市や・・・・・・工場地帯や・・・・・・軍事基地や・・・・・・産油施設の・・・・・・近くなどに・・・・・・射ちこむ・・・・・・キャナダ人の大半はくだばっても・・・・・・中性子爆弾の性質からして・・・・・・都市や工業施設自体やキャナダ軍の基地の兵器などは・・・・・・ほとんど無傷で残る・・・・・・このブロンクスは・・・・・・新しいキャナダのショー・ウインドウとして貿易センターに変身させる」
「ハイラルは誇大妄想狂(もうそうきょう)じゃないのか?」
 片山はこみあげてきた黄水(きみず)を吐いた。
「キャナダを征服したら、ムッシュー・ハイラルは皇帝となり、赤い軍団はキャナダ新国軍となり・・・・・・俺は新国軍の大元帥(げんすい)になって・・・・・・新しいキャナダが誕生する筈だった。
 新帝国には・・・・・・資源が乏しい上に人口過剰に悩んでいるイスラエルとエジプトと日本などから・・・・・・皇帝ハイラル一世陛下に忠誠を誓う者なら、どしどし移住を許可することになっている・・・・・・税金を取りたてるためにもな・・・・・・新帝国の基礎が固まったら、俺はクーデターを起して皇帝の座につこうと思ってたんだが・・・・・・」
 ブライアンはそこまで言うと、死の痙攣(けいれん)をはじめた。
 それを待っていたかのように、ジャクスン不動産ビルの屋上や窓々から、ロケット砲弾や重機関銃弾がマンソン・アンド・サンズのビルに射ちこまれはじめた。
 再び体内を激しく駆けめぐりはじめたアドレナリンの助けを得た片山は、天井裏に隠してあった武器弾薬を含めた荷物をかついで遁走する。三ブロックほど離れたところに路上駐車してあった十年ほど前のモデルのキャディラックのコンヴァーチブル・カーを盗んでホロを電動で降ろし、短機関銃を威嚇(いかく)射撃しながら走り去った時、マンソン・ビルは数十発のロケット弾の爆発で半壊した。
 マーキュリー・ゼーファーを使わなかったのは、マンソン・ビルに隠れているのを突きとめられた以上、別のビルの地下駐車場に隠してあるその車も赤い軍団に発見され、彼等は片山を車の近くで待伏せしているにちがいない、と判断したからだ。
 〝コヨーテ〟が片山の返り討ちに会ったのは、赤い軍団の最大の誤算であったろう。
 
 (つづく)





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Last updated  2022年01月09日 01時21分30秒
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