66676806 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

FINLANDIA

FINLANDIA

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Calendar

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2024年11月
2024年10月
2024年09月
2024年08月
2024年07月
2024年06月
2024年05月
2024年04月
2024年03月
2024年02月

Freepage List

2022年01月15日
XML

 
Highway 435,Montana
Photo by montanatom1950
images.jpeg
 
 
 

 >前回
 
 
 オーガスタから二マイルほど離れると、道路上に立つハンターは見当たらなくなった。路肩には車に轢(ひ)き殺されたアナグマ(バッジャー)やヤマアラシ(ポーキー)の死体が転がっている。木の皮を食い荒らすポーキーの針はツマヨウジの代わりにするには硬すぎ鋭すぎるほどだ。
 前年の干魃(かんばつ)のあとが残ったニイーロン貯水池には、カイツブリや黒ガモが多かった。貯水池を過ぎ、ゆるい上りを飛ばすと小池が点在し、ビーヴァーが素早く水にもぐる。ビーヴァーを罠(わな)に掛ける時のスネアーで最も効果的なものは、ビーヴァーの睾丸の近くの臭腺袋の中味を一年ほど乾し固めたもののカケラだ。獲ったビーヴァーはゴムの櫂(かい)のような尻尾と首を落し、体の皮を板の上に釘づけしながら、丸い形になるように、次第に大きく引っぱり張っていく。物凄(ものすご)く脂ぎって独特の悪臭がある肉は、よほどの場合でないと犬の餌(えさ)にしかならないが、その肉を好むインディアンもいる。
 道の右側は、またルウィス・アンド・クラーク・フォレストとなる。L&C・N・Fはモンタナ州に幾つもあるのだ。
 まだ角(ホーン)が小さなビッグホーンや、枝角(アントラー)のポイントが少ないミューリーが右手の岩が多い山にも見える。
 左手の平原にポツンと立つ離れ山(ビュート)は、このあたりで最大の目じるしとなるヘイスタック山で、その名の通り、円錐形(えんすいけい)に積んだような形をしている。このあたりに放牧されている牛は白く巨大なシャーレー種が多い。
 ようやく夕日があたりを真っ赤に染めはじめた。真向いは雪をかぶったロッキー連山だ。路面が氷結してきたのでスピードを落す。路肩脇の空き地のところどころに、他州やモンタナ東部からやってきたトロフィー・ハンターのホース・トレーラーが駐(と)めてある。左側も山になった。
 さらにしばらく行って左に折れると、丘の谷間のフォード・クリーク沿いに、シックス・ポイント・ハンティング・ランチがある。
 夏は俗にデュード・ランチと呼ばれる観光牧場商売で、都会から来た客に乗馬を教えたり、客を乗せたパック・ホースを率いてコンチネンタル・デイヴァイドを越えてボッブ・マーシャル・ワイルダーネスの荒野まで連れていき、サマー・キャンプを根城にして釣(つ)りを楽しませる。
 狩猟シーズンになると、他州や外国から来たハンターをランチのハンティング・ガイドが案内したり、ハンターたちに馬や馬具やテントなどを貸したり、ホース・トレーラーに自分の馬を積んできたハンターにカイバを提供したりする。どっちかといえば、大がかりな貸し馬屋だ。
 片山は、そのシックス・ポイント・ハンティング・ランチから馬を借りて分水嶺を越え、ボッブ・マーシャル・ワイルダーネスでテント生活をやりながら狩猟に二週間ずつを過ごしたことが数回ある。
 その時の獲物(ゲーム)のなかには、左右のアントラーの主幹(メイン・ビーム)の長さが五十六インチの上に六尖(シックス・ポイント)ずつで太さも直径十インチずつあったが、インサイド・スプレッドが四十五インチと狭いためにノース・アメリカン・レコード・ブックの二十位前後にとどまったエルクや、角(ホーン)の長さ四十三インチずつで基部の太さ十五インチのビックホーン・シープ、それに頭蓋骨(ずがいこつ)の長さは九インチ、幅は六 8/16インチのレコード・ブックの二十位以内に入るマウンテン・ライオン(クーガー)もあったが、珍しいゲームでは右の枝角はわずか四尖なのに左のほうは十二尖という、ノン・ティピカルというより奇形のアントラーのエルクもあった。
 片山はわざとシックス・ポイント・ランチに寄らずに悪路を進み続けた。太陽が山蔭(やまかげ)に落ち、冷えこみが厳しくなる。道端のホース・トレーラーの脇で、腰に二丁拳銃、肩にライフルというハンターたち数人が、オリンピアの罐ビールを飲みながら話をしていた。
 モンタナ州では、狩猟時には最低四百平方インチのけばけばしいオレンジ色の布を身につけねばならぬ法律がある。誤って射たれるのを防ぐためだ。無論、赤いチョッキや上着でも代用できる。
 ハンティング・ランチへの分岐点から三マイルほど行くと、左手にレインボウ・トラウトとレーク・トラウトの宝庫のウッド・レークがある。レインボウ・トラウトは日本の虹鱒(にじます)とちがって、肉が紅鱒(べにます)のように淡いピンク色をしている。ウッド・レークから先は小川の名はウッド・クリークに変った。
 湖の少し先に、今は滅多に使われてない簡易飛行場(エア・ストリップ)があり、道の右手にエア・ストリップの番人の丸木小屋がある。オーガスタを出てからはじめてみる家だ。
 そこを過ぎて三マイルほど行くと、グレート・フォールズで一番はやっているクリニックの院長である金持ちハンターが建てた立派な別荘のロッジがある。丸木で作ってはいるが、コンクリート造りよりはるかに金がかかっている。
 片山はそのロッジでコーヒーやアルコールの歓待を受けたことがある。今は灯りがついてなく、車の姿も見えぬから、今夜はそこを無断で使わせてもらうことにする。夜の分水嶺越えは危険すぎる。エア・ストリップとそのロッジのあいだには、無論、一軒の家も無い。
 さらにロッキーに近づき、車道がどんづまりになるあたりで右手に入ると、シックス・ポイント・ハンティング・ランチの山岳使役馬(マウンテン・ホース)の囲い(コラル)があった。
 馬の脱走防止と灰色熊の襲撃防止を兼ねたコラルのなかには、耳が長い点をのぞけば馬とほとんど変らぬラバ(ミュール)を含めて五十頭ほどの馬が入っていた。
 北米大陸には現在のような馬はいなかった。
 サラブレッドは、一六八九年から一七二四年にかけて英国に輸入された、いわゆる三大根幹種牡馬と呼ばれるアラブの種馬を、十七世紀中頃にチャールズ二世王によって輸入されて土着していたロイヤル種とも呼ばれるバーブ種の牝馬と掛け合わせて品種改良を続け、其の品種を固定させたものだ。
 だから、サラブレッドは、〝一頭一頭についての先祖から記録が保存され、血統書に登録記載されている馬〟であるが、もともとはアラブだ。
 北米の馬はほとんどすべてだが、かつて欧英から輸入されたものの子孫で、みんなアラブ系だ。二十世紀はじめ頃は、アラビアから直接アラブ馬が輸入されている。
 純競走用のサラブレッドをのぞく現在の北米の西部の馬は     、四分の一(クォーター)マイル・レースやロディオのバレル・レーシングに多く使われる敏捷(びんしょう)なクォーター・ホース・・・・・・。
 最も優美なために客馬車用として使われていたが、牧場や山岳地帯での荒い仕事にも耐えるモーガン・ホース・・・・・・。
 スペイン人によって北米に連れてこられ、ほとんど穀類を食わないでも草だけで生き、主人の気持ちをよく察するので、牧場で牛を捕える仕事に適している頑丈(がんじょう)なスパニッシュ・バーブ・・・・・・。
 耐久力が抜群なだけでなく沈着な、斑点入りのアパルーザ・・・・・・。
 クォーター・ホースの亜種でツートン・カラーのペイント・ホース・・・・・・。
 やはりツートン・カラーで非常に要心深いピント・ホース・・・・・・。
 パレードやサーカスによく使われる金色の肌と白いタテガミとシッポのパルミーノ種と純白のアルビーノ・・・・・・。
 それに典型的なやつは体色が赤っぽい焦(こ)げ茶や胸に濃い筋が走り、ポインツ  タテガミと尾と脚    は、体色よりも暗い赤茶や黒い色を持ち、遠い祖先に北欧馬の血が混っていると推測されているせいか厳しい荒野に向いているバックスキン・ホース・・・・・・がいる。
 マウンテン・ホースは、それらの素質をのばしたり、掛け合わせで改良したりして、山岳地帯での荒い使役に耐えられるようにしたものだ。
 ラバ(ミュール)のほうは、牝馬(めすうま)と牡(おす)のロバ(ブーロー)の一代種だ。牝馬と牡ロバのあいだにはカイティという雑種も生れるが、そいつは力も生命力も弱いから淘汰(とうた)されてしまう。ラバもカイティも繁殖能力を持たない。
 ラバは耐久力を持っている。ひどい粗食にも耐え、馬とちがって容易にはパニックにおちいらないが、ケンカ早い上にずる賢(がしこ)いから、仲間やほかの馬を蹴(け)るだけでなく、人間がちょっとでも隙(すき)を見せると正確な蹴りをくれてくる性悪な奴が少なくない。
 それに、使役中にヘソを曲げてストライキを起すと、鞭(むち)でひっぱたこうが蹴とばそう
  が、テコでも動かないというロバ並みの頑固(がんこ)さを持っているから、素人(しろうと)には扱いかねる。
 コラルの近くに簡易トイレと、車輪を外して角材の上に置いた廃車のパネル型トレーラーが四台置かれてあった。
 そのなかの三台には、なじみの客から預かっているものも含めた鞍(くら)などの馬具やライフル・スキャバードなど、それにキャンピングの道具(ギア)などが入っているのを片山は知っている。
 もう一台のトレーラーのなかには、雪が深すぎてランチから四輪駆動のトラックを使っても乾し草や燕麦(カラスムギ)などの飼料を運べない時にそなえて、緊急用の飼料がストックされている筈だ。
 シーズン・オフにはコラルのなかの山岳馬は放牧されるが、猟期中は、客やガイドがいつでも使えるようにコラルのなかに閉じこめておき、ランチから毎朝馬の扱い人(ラングラー)がトラックに飼料を積んでやってくるのだ。車が使えぬ深い雪の時は、ラングラーは馬でやってきて、廃車トレーラーのなかにストックしてある飼料をコラルのなかの馬に与える。
 五十頭もコラルに囲っているのは、二人一組のハンターの場合、その二人のために二頭の馬のほかに、ガイドとコックとラングラーのために三頭、それに荷運びに四、五頭と、一組のハンターのために十頭ほどのパック・ホースが必要となるからだ。一時期に一頭だけの客しかとらないのでは商売にならぬから、猟期中は傭っているガイドをフルに回転させる。フル・タイムのハンティング・ガイドは主人と息子たちだけで、あとのガイドはシーズン中にだけ傭われるパート・タイマーだ。
 片山は明日の朝、カイバを馬に与えたラングラーがランチに向けて去ったら、馬を数頭失敬する積りだ。そいつらがくたびれたら、放牧されているほかの持主の馬を盗めばいい。
 すでにあたりは暗くなっていたが、車から降りた片山は、凍(こご)える指を揉(も)み、針金で廃車トレーラー四台のテール・ゲートのロックを南京錠(ナンキンじょう)を解き、荷室のなかに望みの品が入っているのを確かめた。テール・ゲートを閉じ、南京錠を掛ける。
 問題はいま使っているダットサン・ピックアップをどう処理するかだが、これは金持ちの医者のハンターの別荘ロッジとエア・スリップとのあいだの道から一マイルほどそれたところにある沼に沈めることにする。
 車に乗った片山は、いま来た悪路をバックし、別荘ロッジの庭に車を停めた。針金でロッジの玄関のドアを開き、屋内に入る。真っ暗だ。カーテンが閉じられているのでマロリーの懐中電灯を使う。
 入ったところが和室に直せば四十畳ぐらいの広さで、右側がキッチンと食堂、左側が、プロパン・ガスと薪(まき)の併用の大きな暖炉がある居間兼応接室だ。射ちとめた獲物の剥製(はくせい)が壁やわざと剥(む)きだしにした梁(はり)に掛けられている。壁に貼(は)りつけられたグリズリーや黒熊の頭と爪(つめ)付きの毛皮だけでも十枚はあった。サンダースというここの持主の医者には息子が四人いて、彼等もハンティングが大好きなのだ。壁にはさまざまなナイフのコレクションが吊(つ)るされていた。
 片山は奥に三つある寝室の一つの戸棚(とだな)のなかに三個のキャンヴァス・バッグを仕舞った。
 念のためにウージー短機関銃を持って表に出る。玄関のドアの錠を針金を使ってロックする。
 
 
  
   
IMFDB.org - Uzi
http://www.imfdb.org/wiki/Uzi
 

 
 
 
 
Youtube -
Uzi by Vickers Tactical
https://www.youtube.com/watch?v=mkP3SHO8s5Y

 

 
 


 
 沼に車を沈めた片山は別荘ロッジに向けて戻った。寒風が吹きすさびはじめていた。ミゾレも混る。近づくと、窓のカーテンの隙間(すきま)からコールマンのガソリン・ランターンの明るい灯が漏れている。舌打ちしたい気持ちでさらに近づくと、庭にシヴォレー・ブレイザー・シャイアンの四輪駆動のワゴンが駐(と)まっているのが見えた。
 左肩にウージー短機関銃のスリングを引っ掛けた片山は足音を殺してロッジに忍び寄った。若い女の悲鳴が漏れてきた。男の罵声(ばせい)も聞える。
 片山は台所側の脇戸(わきど)のロックを針金で解いた。脇戸を左手でそっと細めに開く。
 ガスの炎の上のグリルでさらに薪が燃えている暖炉が脇の壁に、ナイフを両手に握った娘が追いつめられていた。
 インディアンの娘であった。白人の血が四分の一混っている感じだが、顔も体も野性的であった。ブラウスが破られ、上向きに反り上がった乳房が剥きだしになっている。真っ黒な目が怒りに燃えている。
 娘の三メーターほど前に、片山に背を向けて、がっしりした三十男が娘に拳銃を向けていた。
「いい加減に諦(あきら)めるんだな。ショショーニー・インディアンのくせに、インディアン保護官の俺(おれ)に楯(たて)つくとはな。さあ、ナイフを捨てろ。おとなしく俺に抱かれたら、不妊手術を受けないで済むようにしてやるし、不法集会の解散を命じた保安官のグレッグを物陰(ものかげ)から狙撃(そげき)して重傷を負わせたのはお前だということを、ずっと黙っといてやる。俺はお前がグレッグを射つところをひそかに見たんだが黙っててやったんだ。なあ、エレーン、俺の子種を授けてやろうと言ってるんだぜ。ナイフを捨てて、有難く股を開けよ。そうでないと、お前を射ち殺してからでも突っこむぜ」
 男は野卑な笑い声をたて、片足を踏み出した。酔った声からして、サンダース家の次男のジムだ。
「寄らないで!  
 切れ長の目を吊り上げた娘は金切声をあげ、
「あんたが奥さんも子供もありながら、白人娘と浮気してることは誰(だれ)でも知ってるわ。どうしてインディアンのわたしを、こんなにしつこく追いまわすの? 今夜だって、いきなり手錠を掛けて、こんなところに連れてきて!」
 と、ナイフを構え直す。
「インディアン解放運動なんかに血道をあげやがって、俺がせっかく甘い言葉を掛けてやっても、虫けらでも見るような目で見返しやがるからだ。白人様の強さを見せてやる。どうだ、お前のボーイ・フレンドの薄汚いインディアンたちのと俺のと、どっちが立派か?」
 ジムはズボンのジッパーを降ろし、怒張したものを剥き出しにしたようだ。
「何よ、カマンベール・チーズのようなフニャマラ」
 娘は怯(おび)えの表情を見せながら冷たく言い放った。
「この牝犬(ビッチ)、殺してやる!」
 ジムは拳銃の撃鉄を親指で起した。
 片山は大きく脇戸を開いた。安全装置を外していたウージー短機関銃を素早く肩付けし、
「よせよ、ジム」
 と、声を掛けた。ウージーに使用している九ミリ・ルーガー拳銃弾の発射音は、強風の音にまぎれてエア・ストリップの番人のキャビンにまでとどかないだろう。
「誰だ!」
 金髪の鬼のような形相をしたジムは体ごと片山に振り向こうとした。その時、すでに片山を見ていた娘が、ジムの左の背中にナイフを突き刺した。
 怒声をあげたジムは、再び娘に拳銃を向けようとした。片山のウージーが軽い銃声をたて、頸(くび)の骨を射ち砕かれたジムはロッジの床を揺るがせて倒れると、死の痙攣(けいれん)をはじめる。
 娘は、空薬莢をポケットに収めた片山に向けて、ショショーニー・インディアン語らしい言葉で叫びながら走り寄ってきた。左のうしろ手で脇戸を閉じ、右手でウージーに安全装置を掛けた片山の胸に頬(ほお)を押し当て、抱きついて啜(すす)り泣く。
 娘の黒髪はレモンの匂(にお)いがした。体からはメロンのように甘い匂いがする。左手で軽く娘の背中をさすりながら落ち着かせようとする片山は、不覚にも股間が暴発しそうになる。
 やがて落ち着いてきた娘は、食堂の椅子(いす)に崩(くず)れるように坐りこむと、
「あなたの部族は? わたし、ショショーニー」
 と英語で尋ねた。
「俺の血の半分は日本人。アジアから大昔は陸だったベーリング海峡を渡って北米大陸に渡ってきたキャナダやアメリカのインディアンとは親戚(しんせき)のようなものだ。俺の名はケン・カタヤマ。ケンと呼んでくれ。君は?」
「エレーン・ブライトン・・・・・・ブライトンなんて白人が勝手につけた苗字よ・・・・・・わたし、人を殺してしまった」
「俺も一緒になって殺したんだ。正当防衛だよ、エレーン」
 パンツの窮屈さを覚えながら片山は言った。エレーンの泣き腫(は)らした瞼(まぶた)が何とも色っぽい。
「保安官は信じようとしないわ。仲間を殺された内務省インディアン局の連中とグルになって、わたしを縛り首にしようとする。あなたも野獣のように狩りたてられるわ。
 逃げましょう、一緒に! 行先はキャナダがいいわ。ブリティッシュ・コロンビアのビーヴァー・インディアンのレッド・ウルフの一族二百人が保護地区(リザーヴ)を出て、ムスクワ・リヴァー上流の原生林を本拠にし、ビーヴァーやムースやキャリブーや鱒(ます)をとって昔ながらの生活をはじめているの。それは勿論(もちろん)、必要な時には銃も車も軽飛行機も使うけど・・・・・・あそこには、国際集会で知りあった友達が何人かいるの。きっと、かくまってくれるわ。あなたのことも」
 片山は、エレーンの瞳(ひとみ)を見つめていた。
 北米大陸の大部分のインディアンは先祖代々からの土地を奪われ、政府が指定した保留地に住まわされている。保留地は居留地とも保護地区とも呼ばれ、合衆国ではリザーヴェーション、キャナダではリザーヴと呼ばれる。
 そこに住んでいるかぎり家賃も税金も取られず、最低生活はインディアン局が保障してくれるが、収容所に似たものだ。保留地を出て外に移ってもいいが、下層労働者としての職にしかつけないことがほとんどだ。無論、その場合、税金や家賃などの免除の特典は無くなる・・・・・・と聞いたことがある。
「あなたも、サブ・マシーン・ガンを持っているところを見ると、何か特別な事情がありそうね。ねえ、一緒に逃げて・・・・・・お願い・・・・・・でも、わたしが一緒だと足手まといになると思っているのね?」
「・・・・・・・・・・」
「その心配は無用だわ。わたし、小さい頃からロッキーの山の生活に慣れているの。春にはエルクが移動したあとをたどって落角を拾い集めてブローカーに売る仕事をしているのよ。キャナダの国境を越えることもしばしばだわ。落角の付け根はウェスターン・ベルトのバックルになるし、角は粉にしてホンコンの人が回春剤に使うので、いいお金でブローカーが買い取ってくれるの。一シーズンで千ポンドも山からかつぎ降ろすこともあるわ・・・・・・それに、わたし、どんな木や草が食べられて、どれが毒なのかも知っている。薬草も知っているわ。勿論、罠(わな)も弓矢も銃もナイフも一人前に扱えるし、放牧の馬を捕まえるスピードだって男に負けないわ」
「分った。俺もブリティッシュ・コロンビア州に用があるんだ。それに、君が見抜いた通り、俺はある敵を追っている。今はくわしくは言えないがな・・・・・・だけど、俺のほうも追われている。敵の組織は巨大だから、まともなルートでキャナダに入ることは出来ない」
「じゃあ、わたしたちの利益は一致するというわけね」
「そういうことのようだな」
「白人がわたしたちインディアンを虐殺し、土地と食料のバイソンを奪って現在の合衆国を作ったことは、いまさらあなたに説明する必要はないでしょうね。インディアンのどうしようもない酔っ払いを見てたら、インディアンを偏見の目で見るようになるのも無理ないでしょうけど。もともとこの大陸はわたしたちインディアンのものだった。
 白人政府は、わたしたちから散々に絞り取ったのにまだあきたらずに、インディアン皆殺し計画を実行しているの」
「本当か?」
「六〇年から七〇年にかけて全米のインディアンの人口は五十万人台から八十万人近くに確かに増えたわ。でも、その原因の一つは白人の男にインディアン娘が騙(だま)されて私生児が増えたからよ。
 インディアンの人口増に恐怖を感じた政府は、強制的にインディアン女性に不妊手術を行いはじめたの。娘たちがちょっとした病気で保留地の病院に行くと、麻酔をかけて犯してから不妊手術をしてしまうんですから、犬猫よりひどい扱いね。七一年から今までに四十パーセント近くが無理やりに不妊手術をされてるの、学校では伝統的なインディアン語は禁止されているわ。
 そんなところにもってきて、今度は十一もの反インディアン法案が連邦議会に提出されたの。それは、ウランをはじめとする地下資源の大半がインディアン保留地にあるのを白人の手に取上げ、日本のミナマータのチッソのような大企業が自由に保留地に進出できるように、これまで政府とインディアンとのあいだに交わされていたいっさいの協定を破棄して無効にし、保留地内でインディアンに認められていた狩猟や漁撈や小屋を建てる権利などをほとんど取上げ、特に公害の影響がすぐに露(あら)われる川ジャケの漁獲や販売は全面禁止にしようという無茶苦茶なものなの。それに、保留地でのインディアンの行政管理権も大幅に制限して、公害企業の言うがままの白人のインディアン局員に、工場建設や採鉱の許可権を与えようとしているわ。
 わたしたちインディアンの有志は、来年の二月にも、ロスから首都ワシントンDCに向けて二千八百マイルを徒歩で抗議のデモ行進 “ザ・ロングェスト・ウォーク” を計画しているの。来年のデモには、キャナダのインディアンにも参加を呼びかけるわ」
 エレーンは熱く語った。
「分った。その話はあとでゆっくり聞かせてもらおう。今はともかく、ジムの死体と血と車を片付けてから暖炉の火と灯(あかり)を消すんだ。灯がついていると、誰かやってくる怖(おそ)れがある。明日は、シックス・ポイント・ランチの馬を無断拝借して出発だ」
 片山は言った。
 寝室の一つの戸棚を開き、隠してあった自分の荷物に手がつけられてないことを確かめる。
 ジムのS・W三十八口径スペッシャルのリヴォルヴァーは、ホスルターと弾薬サックと共にエレーンに渡す。
 エレーンは片山に背を向け、ジーパンのベルトを一度外してから、リヴォルヴァーを収めたホスルターと弾薬サックに通し、
「ジムを知ってるの?」
 と、尋ねた。
「ああ、ちょっとな。それより、寝室の奥の部屋に、サンダース一家の猟用の服や用具を仕舞ってある戸棚がある。好きなものを択(えら)んどいてくれ。君にはちょっとブカブカすぎるかも知らんが、末っ子の “スキニー・ジョー”のならぴったりかもな」
 片山は言った。
 台所の床の上げ蓋(ぶた)を開いて、地下の工作室にジムの死体を隠す。ナイフを抜き、血と指紋を拭(ぬぐ)って暖炉の近くに吊るされている鞘(さや)に収める。落ちていた手錠は自分のベルトに吊るす。
 エレーンは床の血を拭ったボロ布と、破られたブラウスを暖炉で焼いていた。尻の割れ目がジーパンの上からはっきり見える。
 片山は今は吹雪となった屋外に出て、ジムのシヴォレー・ブレイザーを木造のガレージに仕舞う。
 ロッジにも戻ると、エレーンは寝室の奥の部屋に行っていた。片山はトイレに入り、脈打つものを引っぱりだした。たった三こすりほどで溜まりきったものを噴出させる。どうせエレーンとのあいだに何も起らぬ筈はないから、その時たちまち失礼してしまったのでは面目ない。
 その夜、片山が択んだ寝室にエレーンも入った。左右のベッドに分れて横になる。寒さに強いらしいエレーンが素っ裸でもぐるこむのがぼんやりと見える。片山の目は夜目が利(き)く点では狼(おおかみ)並みだ。
 闇のなかで、エレーンは囁(ささや)くような声でアメリカ・インディアンの悲史と悲惨な現状を語った。
  あなたがこれまで会ったインディアンといえば、酒代をしつこくたかりに来たり、酔っ払って暴れたり、酔い潰(つぶ)れて道で眠りこけていたりする連中ばかりじゃなかった?」
「そういう連中は珍しくなかった」
「でも、ケン、あの人たちは白人のインディアン政策の犠牲者なのよ。人生に絶望しているのよ。政府からインディアン・リザーヴェーションに出される予算のほとんどは、人件費だとかさまざまな名目で白人の役人の懐(ふところ)に消えてしまって、インディアンの手に渡るのは、ほんのわずかしかないの」
「ひどいな」
「先祖から土地だけでなく、伝統文化まで奪われてリザーヴェーションに家畜のように押しこまれているインディアンの絶望をまぎらわせるものとなると安酒しかないの」
「そいつはどうも・・・・・・」
「アルコールの飲みすぎで見さかいがつかなくなった大人たちは、子供の前でも平気でセックスをするの。そんな大人の姿を見て育っているから、子供たちもアルコールに溺(おぼ)れ、乱交を何とも思わなくなるの。白人が持ってきたウィスキー一本の代償に身をまかせて父(てて)なし子を生むローティーンのインディアン娘は珍しくないわ」
「そんなもんかな・・・・・・」
「その上、インディアンの旧(ふる)いリーダーたちは、自分のことと自分の部族のことしか考えないから、全インディアンが力を合わせて立ち上がろうとは夢にも考えたりしないの・・・・・・わたしたち目覚めたインディアンの秘密会議の内容を白人に密告したりして・・・・・・昔のあの誇り高いインディアンが奴隷や家畜のような生活を強(し)いられてわたしには耐えられないわ」
「そうだろうな」
 適当に相槌(あいづち)を打ちながら、片山は再び勃〓(ぼっき)してくるものを握りしめた。明日の計画の打ち合わせているうちにいつの間にか眠り込む。
 異様な物音で目が覚める。吹雪の音はやんでいた。精神病院の狂女が哄笑(こうしょう)しているような無気味な声だ。コヨーテの遠吠えだ。コヨーテと分ってはいても背筋がゾクゾクする。
「畜生・・・・・・」
 と、思わず罵(ののし)る。コヨーテの遠吠えは、次々にひろがっていった。
 エレーンがベッドから滑り降りた。
「怖(こわ)いの・・・・・・カイオーテと分っていても怖いの・・・・・・昔、峠(とおげ)で野宿していた時にあの狂ったような声を聞いた時は、怖くて死にそうだった」
 と、毛布の上から片山に抱きついてくる。
 毛布を引きむしった片山はエレーンの乳首を吸った。それはたちまち片山の口のなかで勃〓してくる。片山の背中に両腕を回してしがみつくエレーンのクレヴァスから蜜壺をさぐると、熱い洪水になっていた。
 パンツを蹴り脱いだ片山の熱い鉄のようなポールは、熟しきったエレーンの蜜壺に吸いこまれた。エレーンの腰のバネは強靭(きょうじん)で、カズノコのような蜜壺のヒダは絶妙な収縮をくり返し、片山は声をあげそうになる。エレーンは片山の肩に歯を当てて声を殺していた。片山の腰は溶けそうだ。
 午前二時までに二人は三度交わった。二人で毛布をかぶり、食料庫にあったリヴァー(レバー)・ソーセージとセロリとオレンジを貪(むさぼ)り食ってから、抱きあったまま眠りこむ。
 
 (つづく)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2022年01月16日 06時59分51秒
[『傭兵たちの挽歌』] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.
X