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2022年02月05日
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Wild Wood Bison (Yukon Territory, Canada.)
Photo by Olivier ROSSIGNOL
images.jpeg
 
 
 

 >前回
 
 
 氷結した幾つもの河を渡り、馬蹄で割れた氷の下から水が湧き出る幾つかの湿地帯(マスケッグ)を通った片山は、四日目の午後、天測してみて、赤い軍団の領地に入ったことを知った。骨も凍りそうな寒風が雪煙を捲きあげ、馬の汗はタテガミからツララとなって垂れさがる。
 まだ敵の姿はなかったが、片山は山間の隘路(あいろ)や山の中腹のケモノ道を択んで馬を進めた。森林限界線に近いので、巨木は少ない。立ち枯れた白樺やカラ松の樹皮に緑色の苔がのびて、それが新芽のように見える。
 鞍に睾丸(こうがん)がすれ、男根が勝手に勃〓してくる。
 片山はありし日の晶子のベッドでの反応を想いだしエレーンを想いだし、交渉があった世界じゅうの女たちをぼんやり想いだしていたが、突如、ノース・アルタイ山脈にアルガリ・シープを射ちに行ったモンゴーリアの首都ウラーンバートルのホテルでの一夜を想いだした。
 あのホテルに泊っているのはソ連や東欧の観光客がほとんどであった。六十三インチ角のアルガリ・シープを射獲し、四千メーターの高さの七月の雪の山から二日がかりでウラーンバートル・ホテルに戻った片山は、大食堂で湧(わ)きたつような生の喜びに包まれ、〝カリーンカ〟や “モスクワの夜はふけて” などのバンドの演奏と客たちの合唱に合わせ、シベリアの主要都市ノヴォシビリスクから来た若い絶世の美女ヴェラと強引に踊りまくった。
 スローな曲が続くあいだにチーク・ダンスに持ちこみ、片言(かたこと)のロシア語で口説き続けた。
 結局、ヴェラが、友人や引率者の目をかすめて深夜片山の部屋に訪れてきたのは、チューインガムに惹(ひ)かれたせいが多分にあった。
 ソ連では現在でもチューンガムは非常に貴重で、特に米国製となると憧(あこが)れの的だ。ノース・アルタイのモンゴーリアンのハンティング・ガイドへのチップとして持参した残りのフレッシュ・アップ・ガムの大箱一つのプレゼントに大感激したハニー・ブロンドのヴェラは、夜明け近くまで片山を眠らせなかった。片山はヴェラのように肌(はだ)が白い女を知らない・・・・・・。
 這い松(ドワーフ・ジュニパー)やホワイト・バーク・パインの背が低い樹々、マウンテン・オールダー(ヤマハンノキ)、山カエデ、バッファローベリー、ドッグウッド(ハナミズキ)などの灌木(かんぼく)のあいだを通り、河原の近くの岩のあいだの雪上にバイソンの皮を敷いた。その上にキャリブーの毛皮四枚とスリーピング・バッグを置き、もう一枚のバイソンの毛皮を置く。
 馬から鞍や荷を降ろし、その上を防水タープで覆って石で重しをした。燕麦を少量ずつ与えた馬たちの足をゆるく縛って山に放し、ペミカンと川の氷を割って汲(く)んだ歯にしみる水を飲み、スリーピング・バッグにもぐりこんで噛みタバコを口に放りこむ。赤い軍団の領地に入りこんだ以上、火と煙を出すのは、よほどの場合をのぞいて避けた。このあたりでは、凶暴なグリズリーが冬眠しているのがただ一つの救いだ。
 翌朝未明には摂氏でも華氏でも零下四十度にさがり、片山が吐く息がスリーピング・バッグやバイソンの皮に氷となってへばりつく。その日は、三田村が軍事訓練を受けた演習場の目じるしらしい、胴がすぼまった臼(うす)のようなテーブル・マウンテンを見た。
 それから十日ほどたってユーコン準(じゅん)州に近づいたある日、片山はツンドラの雪山で、キャリブーの大群に遭遇した。
 マウンテン・キャリブーだ。それもオズボーン亜種だから、体格はキャリブーのなかで最大だ。大きな牡(ブル)だと二百五十キロを越すだろう。キャリブーは、牝(カウ)も貧弱とはいえ枝角を持つ、ただ一つのシカ類だ。
 前脚や角を使って雪を掘り、キャリブー苔を食っていた三百頭ほどの群れは、まだ人間を見たことが無いのか、片山が馬から降りて耳当て付きのモンタナ帽を振ると、二本足の珍奇な生き物をよく見きわめようとして、片山のほうに押しかけてきた。
 ついに群れは、片山とパック・ホースを取りまく。牡(ブル)のうちで一番立派な角を持っているやつは、左右の主幹の長さ約五十五インチで太さもスプレッドも申し分なく、左右の枝分れはそれぞれ二十以上ある上に額の上にかぶさる三味線の撥(ばち)のようなプラウ・タンはダブル・シャヴェルになっていて、ブーン・アンド・クロケット・クラブのノース・アメリカン・ビッグゲーム・レコードのマウンテン・キャリブーの新記録になりそうであった。
 キャリブーの大群に囲まれたパック・ホースは不安気に花を鳴らす。
 今の片山には、トロフィー・ハンティングをやっている余裕は無いから、コマンドウ・クロスボウに四枚刃の矢をつがえ、一番肥っている若い牝(カウ)の胸に向けて放った。
 二十ヤードの至近距離から胸を貫かれた獲物は、倒れると雪を蹴って痙攣(けいれん)した。群れの残りは地響(じひび)きをたてて逃げたが、すぐに戻ってきて、もがく仲間を不思議そうに見つめる。
 キャリブーは好奇心の塊りである上に、ひどく忘れっぽいのだ。
 片山があと二頭を倒すと、群れはやっと逃げ去ったまま戻ってこなくなった。
 片山は三頭の皮を剥いでから、丈夫な糸やロープになる腱(けん)を四肢と背から抜き、解体して干肉作りに取りかかる。まだ暖い肝臓(リヴァー)の一つは生のまま塩コショウを振って食う。
 
 
 片山はユーコンに入ってから約一週間後、セルウィン山脈の分水嶺を越えて、マッケンジー山脈とのあいだに横たわる広大なグリズリー・パウ湖を見おろすことが出来た。セルウィンとマッケンジーの山脈のあいだは約五十マイルある。
 
 




 
 
 うまい具合に、まだ片山と馬たちは発見されていないようだ。しかし、二つの山脈のあいだの起伏に富んだ曠野(こうや)の上には、しばしば偵察(ていさつ)のヘリや軽飛行機が飛び、スポッティング・スコープでじっくり見渡してみると、スノー・モービルや大型雪上車のパトロールが見えたから、夜間だけ前進することにする。
 それに、ここまできたら、馬の食糧が続くかぎりあせることはない。片山のほうは、いざとなったら荷馬を刺殺してそれを食えばいいのだ。
 問題は、雪上に残る足跡だ。グリズリー・パウ湖の東にある敵の本部に真っすぐ向かうことは特にまずい。雪の上に残した足跡を新雪が隠してくれる吹雪の夜を択(えら)んで、大回りしながら敵の本部に近づくのがベストな方法に思えた。
 だから、その日は、三頭の馬を曳(ひ)いて滑ったり転んだりしそうになりながら、岩だらけの谷川や雪をかぶった灌木が密生しているブッシュの斜面を山腹近くまで降りることが出来たが、そこで夜を待つことにする。
 馬たちを放牧したのでは敵に発見されやすいので小川の近くにつなぎ、氷を割ってその下を流れる水を飲めるようにしてやってから、カラス麦をいつもより大量に与える。胃のなかでそれが水を吸ってふくれあがって苦しがらない程度にだ。塩も与える。
 馬たちから鞍(くら)や荷物を降ろす。一度百メーターほど上流のほうに雪上を歩き、流れの上の氷に足跡をつけてから、あとじさりして自分の足跡を踏みながら荷物のところに戻った。
 ライフル・スキャバードなどをつけた鞍と武器弾薬を収めた防水キャンヴァス・バッグ、それにペミカン一キロほどと寝具をかつぎ、あとじさりして、五十メーターほど離れた巨岩のあいだにある深い雪の吹き溜まりに着く。
 鞍の左側につけた斧(おの)と共につけたシャヴェルで雪洞を掘り、運んできたものをそのなかに入れる。バイソンとキャリブーの皮にくるまり、グースダウンの上着やその下の防弾チョッキは脱がずに眠ろうとつとめる。顔の半分ほどは髭(ひげ)に覆われていたが、残り半分は凍傷を受けて、暖まると痒(かゆ)い。
 その夜は吹雪にならなかった。粉雪が半インチほど静かに降っただけだ。片山は雪洞を出ず、雪洞の外にアンテナをのばして、最後の電池になったトランジスター・ラジオをイヤーフォーンを使ってきく。
 ラジオは、
「キャナダは一つにまとまった国家です。 イングリッシュ・キャナディアンもフレンチ・キャナディアンも、キャナダという統一国家のもとで平等な人権を持つ立派なキャナディアンです」
 と、クェベック独立運動を阻止するキャンペーンを英語とフランス語でくり返えすが、赤い軍団については一つも触れない。
 ラジオを消した片山は、節約し続けてきたホワイト・ガソリンを使ってプリマス・バックパッカーのストーヴ(コンロ)で雪を溶かした湯を沸かし、紅茶とバターと塩をブチこんだ。それを飲んで眠りこむ。
 
 
 翌朝は目が痛いほどの晴天であった。風花が舞っている。グリーンのシューティング・グラスを掛け、薄い手袋をつけて雪洞から小用に出ようとした片山は、雪をきしませて近づいてくる馬蹄(ばてい)の音を聞き、反射的に左手にコマンドウ・クロスボウと矢筒(クイーヴァー)、右手にM十六自動ライフルを摑(つか)んだ。
 雪洞からそっと這(は)い出し、岩陰(いわかげ)から物音のほうをうかがう。
 白っぽい防寒迷彩服をつけ、片手に狙撃用のM十四マッチ・グレードの自動ライフルを握った二人の男が、馬に乗って、片山がつないだ三頭の馬に近づいていた。
 二人は二頭の馬を連れていた。雪をはじき呼吸の湿気でも氷結しないと言われているウルヴェリン(クズリ)の毛皮の帽子をかぶったその二人はクリー・インディアンのようであった。この寒さなのに、ウール・ソックスと鹿皮のモカシンの上からゴムの短靴をはいただけで平気のようだ。
 一人は背にコードレスの無線機を背負っていた。
「ビーヴァー族の密猟者野郎の馬か?」
「いや、ボスがいつも気にかけているケンとかいう気違い野郎のものかも知れん。俺は奴の足跡を追ってみる。お前は荷物を調べろ」
「いや、その前に無線連絡したほうがいいんじゃないか?」
 男たちは囁(ささや)き交わした。訛(なま)りが強い英語だ。
 これで、この二人が、赤い軍団の偵察員(スカウト)ということがはっきりした。片山は確実に短時間で二人を倒せるM十六自動ライフルを使うべきか、それとも数秒は損するが銃声を発しないクロスボウを使うべきか迷っていたが、クロスボウを択んでM十六を岩にそっと立てかける。一人を倒したあと射ち返されそうになったらG・Iコルトを抜射ちするのだ。
 うまい具合に二人は馬上で片山に背を向けていた。距離は五十メーターほどだから、片山は無線機を背負った男の頭の上を狙(ねら)う。矢筒をベルトに引っかけていた。
 クロスボウの引金を絞り落すと、まだ矢が空中にあるうちに、ボウを折って弦を逆鉤に掛け、矢筒から抜いた日本目の矢を抜いてもう一人の男の首のあたりを狙って引金を引く。
 矢に首筋を破壊されながら貫かれたはじめの男は馬から転(ころ)げ落ちる。驚いた馬がヒヒーンと竿立(さおだ)ちになる。
 もう一人の男は、驚愕(きょうがく)の声をあげながら馬上で体をひねり、仲間のほうを振り向いた。
 そこに二本目の矢が飛んできた。矢は男の脇腹(わきばら)から胃を貫き、反対側の脇側に抜ける。M十四を放りだした男は、馬から転げ落ち、矢を抜こうとしてもがく。悲鳴をあげていた。
 三本目の矢を撃発装置にしたコマンドウ・クロスボウにつがえていた片山は、
「ホールド、ホールド・・・・・・」
 と、スカウトたちの馬をなだめながら二人に近づいた。
 無線機を背負っている男は頚椎(けいつい)を完全に破壊されて即死していた。腹を矢に貫かれた男は、
「こ、殺せ! 早く楽にしてくれ」
 と、わめく。
「本部に医者がいるだろう? 手術を受けたら、そんな傷など半月もかからずに治る」
 片山は言った。
「き、貴様は誰(だれ)だ?」
 男は苦痛に霞(かす)んだ目で、髭(ひげ)だらけの片山の顔を見た。
「俺(おれ)はビーヴァー・インディアンと白人の混血(メーチイス)ハンターだ。この基地の赤い軍団の本部はどこなんだ? ボスのダヴィド・ハイラルが住んでいるところは?』
「知るものか? 貴様は何でそんなことを知りたがる?」
「俺の仲間がこの基地に入りこんで殺された。俺は貴様らのボスに会って賠償金を取り立ててやる・・・・・・いいか、俺にさからったら、楽に死ねないようにしてやる。舌を嚙(か)み切れないようにまず口輪(くちわ)を噛ませてやる」
 片山はクロスボウを捨てると、いきなり男のズボンのベルトを抜いた。そいつでゆるく猿グツワを嚙ませる。抵抗する男の両の手首の関節を簡単に外す。
 猿グツワの隙間(すきま)から男は絶叫を漏らそうとした。
「今度は、貴様のチンポを風にさらしてやる。貴様はたとえ生きのびたとしても、大事なところが凍傷で崩れ落ちたんでは、生き延びたことを後悔するようになるぜ」
「やめてくれ・・・・・・しゃべる・・・・・・何でもしゃべるから、それだけは勘弁してくれ。俺はまだ独り者なんだ。子孫を残すことが出来なくなったら親族じゅうの恥さらしになる」
 男は猿グツワの隙間から哀れっぽい声を出した。
「ボスは・・・・・・ダヴィド・ハイラルは、まだこの基地にいるのか?」
「ああ・・・・・・中性子爆弾研究開発所とか何とかいう難しいところから北に一マイルほど離れた、何とか作戦本部にいるそうだ。両方ともマッケンジー山脈の西側にあるメディシン連山の洞窟(どうくつ)にある・・・・・・メディシン連山の東側はマッケンジーのインディアン・チーフ山だ・・・・・・ボスの名前がダヴィド・ハイラルとは知らなかった。俺たちはボスのことを、もとはゼウスと呼ばされていたが、今はダビデ王と呼ばされている。ダビデ王はあんまり偉いんで俺たちはまだキングの顔を拝んだことがない」
「キング・ダビデか。笑わせやがる。ちょっと待ってな、いま地図を持ってくるから」
 片山は言い、クロスボウを拾うと、いそいで雪洞に戻った。サドル・バッグの一つから、灰色熊の掌(てのひら)の形をしたグリズリー・パウ湖を中心とした、無名の小川から各尾根の標高まで記(しる)された精密なトポグラフィック・マップを取出した。クロスボウと矢筒を雪洞に置き、岩に立てかけてあったM十六ライフルを肩に掛けて、さっきの男のところに戻る。
 男は血で雪を染めて這(は)い逃げようとしていたが、近づいた片山を認めて、がっくりと全身の力を抜く。
 片山は男を坐(すわ)らせ、その背を木の幹にもたれさせた。右手首の関節をはめてやり、鉛筆を握らせる。その前に地図をひろげ、
「さあ、作戦本部と、中性子爆弾研究開発所にマークするんだ。字は読めるんだろう?」
 と、言った。
 男は考え考え、地図上の二か所に×印を書きこんだ。
 片山は、作戦本部と中性子爆弾研究開発所の内部の様子を尋ねた。
「あそこには、高級幹部しか入れないんだ。俺たちインディアン・スカウトや戦闘部隊員は、作戦本部から三マイルほど北の大きな洞窟のなかに住んでいる。武器弾薬庫もある。洞窟といっても、原子力発電とかの電力で電気は使い放題だし、大きなホテルのようになっている。慰安婦も百人以上いるんだ。さらに北に、雪上車の車庫や厩舎(きゅうしゃ)がある」
「原発炉はどこだ?」
「中性子爆弾研究開発所のさらに南方一マイルほどのところにある。湖の水で炉を冷却した時の熱湯スチームで、俺たちが住んでいるところも暖房完備だ・・・・・・痛えな、畜生・・・・・・」
「いま、戦闘部隊員はどれくらいいる?」
「七百人といったところかな」
「インディアン・スカウトは?」
「二百人だ。百人ずつが二週間交代で、二人一組になって、馬で山をパトロールするんだ」
「そうすると、いま五十組が山々をパトロールしてるというわけだな?」
「ああ、貴様が俺の仲間に見つかるのは時間の問題だ」
「余計なお世話だ。雪上車で平地をパトロールしているのは戦闘部隊員か?」
「ああ、それに、ヘリや軽飛行機の格納庫やエア・ストリップも洞窟のなかにあるんだ。中性子爆弾を開発するところから南に二マイルほど離れたところにな。今まで言ったいろんな施設は、みんな山の腹のなかの地下道でつながっている。どうやっても、貴様の勝ち目はない」
「天国だか地獄だか知らんが、そのどっちかに行ったあんたの仲間が背負っている無線機だが・・・・・・あんたの組のコード・ナンバーは?」
「それだけはしゃべれねえ。それを知ったら、俺を殺(や)る気だろう?」
「もう、こんなくだらない問答をしているのに飽きた。時間が惜しい。貴様の望み通り、楽にさせてやる」
 片山は薄い手袋をつけているためにかじかみはじめた右手で、甲から上が皮のソーレル・マークVのフェルト・ライナーのスノー・パック・ブーツの内側に差してあったシースから、ガーバー・マークI(ワン)の刺殺用ブーツ・ナイフを抜いた。
 この寒さでは、素手で金属に触れたら皮膚がへばりつく。金属も冷寒脆弱性(ぜいじゃくせい)を示して、荒く使うとポッキリ折れることがある。
「待ってくれ。SC一二だ。異常を発見した時には本部の司令室に連絡することになっている。司令室のコードは、DR〇〇一(ダブル・オー・ワン)だ」
「あんたが居住区からパトロールに出発したのはいつだ?」
「五日前だ」
「戻るまでにまだ一週間以上あったわけだな? ほかのスカウトに見つからずに本部に近づける安全なルートを案内してくれないか?」
「無理だ、この体では」
「じゃあ、地図上でルートを示してくれよ」
「無理だ。俺たちスカウトは、あやしい気配を感じたら、どこにでも出没するから」
「分った。有難う」
 片山はガーバーで男の耳の孔(あな)から脳を抉(えぐ)った。
 二人の四頭の馬が積んでいるものを調べてみる。オレンジとキャンディー・バーやロール・パンを見つけて貪(むさぼ)り食う。
 二人の荷物や身につけていたものから必要なものだけを奪い、あとは死体と共に近くの雪の吹き溜まりに埋めた。
 彼等の馬は川下に連れていき、喉(のど)を掻き切って殺してから、リヴァー(レバー)だけを切取り、あとはやはり吹き溜まりに埋めた。自分の足跡をバックしながらたどって雪洞に戻った片山は、馬一頭分のリヴァーに塩とコショウとダバスコをなすりこんで生で平らげた。奪ったコードレス無線機のスウィッチを入れて、インディアン・スカウトたちや雪上パトロール車と司令室の交信を傍聴する。片山が一組のスカウトを殺したことはまだ知られてない。


 片山がクリー・インディアンのスカウトの別の一組に発見されたのは、それから五日後、夜の吹雪をついて前進し、マッケンジー山脈中のメディシン連山に十マイルほどに迫った時であった。
 まだ未明であった。吹雪が突然やんで月が出たために、湿地の脇の林に馬をつなぎ、鞍(くら)を降ろしながら、片山は念のために、背負っていた無線機のアンテナをのばし、スウィッチを入れてみた。ヴォリュームは極度に絞ってある。その無線機から、
「・・・・・・あやしい足跡(トラックス)を発見・・・・・・三頭の馬の足跡が本部のほうに向かっている。蹄鉄(ていてつ)の刻印が我々のものとちがう。聞こえているか、DR〇〇一・・・・・・オーヴァー」
 と、訛(なま)りが強い興奮した声が流れてきたのだ。
「こちらDR〇〇一・・・・・・感度良好・・・・・・現在位置を教えろ、SC二七・・・・・・オーヴァー」
 司令室の声も興奮していた。
「デルタ二四とロメオ三二が交わるあたりだ・・・・・・現在高地に移って、双眼鏡で奴を見ている!・・・・・・確かに我々の仲間とちがう・・・・・・侵入者だ・・・・・・馬を三頭つないでいる・・・・・・奴の位置は、デルタ二四とロメオ三一のあたりだ・・・・・・ここからの距離は約五百ヤード・・・・・・狙撃の許可を求める、オーヴァー」
「この暗さで五百ヤードの距離があるとすれば命中は期待できない。三百以内に忍び寄ってから射て。出来たら、脚か腹を射って生捕りにするんだ。雪上車も出動させる。うまくやれよ、オーヴァー」
「了解、オーヴァー」
 スカウトは交信を切った。司令室は、雪上車やほかのスカウトたちに呼びかけている。
 片山は無論、そのあいだ茫然(ぼうぜん)と立ちすくんでいたわけでなかった。無線機を倒木の上に置くと、腰に二本のM十六用の弾倉帯を捲き、八ミリ・レミントン・マグナムの実包を差した二本のズック製弾倉帯(バンダーリア)をタスキ掛けにする。左肩からM十六を吊るす。そうしながらも、薄闇(うすやみ)のなかをインディアン・スカウトの姿を捜す。
 狼(おおかみ)よりも夜目が利(き)く片山は、北側の丘を体を低くして降りてくる二人のインディアン・スカウトを認めた。
 鞍につけたライフル・スキャバードからレミントンM七〇〇のマグナム・ライフルを抜く。そっと遊底を操作して弾倉の上端の実包を薬室に移しながら、倒木に左肘(ひじ)をレストさせて片膝(かたひざ)をつき、七倍のライフル・スコープでスカウトの一人の胸を狙った。距離は約四百五十ヤードになっていた。
 この銃のサイトは、五百ヤードに合わせてあるが、この寒さでは弾速が下がるから、そのまま射つ。
 八ミリ・レミントン・マグナムの轟音(ごうおん)も雪中ではあんまりひどくなかった。命中弾をくらった男は顔面から岩に突っこんで転げ落ちはじめた。
 もう一人の男はM十四を乱射し始めたところを、片山が放った第二弾に顔面を吹っ飛ばされた。
 片山はライフルに安全装置を掛けて、弾倉に二発補弾した。無線機のヴォリュームをあげる。
「どうしたSC一二? SC一五から銃声が二発聞えたという報告が入ったが、オーヴァー」
 司令室の声が苛立(いらだ)った。
 こうなったら射って射って射ちまくるだけだ。ダヴィドにあと十数マイルに迫ったところでこういう羽目におちいらせた運命の神(かみ)を呪うが、体のほうは自動的に動いて、降ろしかけていた鞍のラティーゴ(タイ・ストラップ)や腹帯を強く締め直す。
 三頭の馬を立木につないでいた引綱を外す。愛馬の鞍のスキャバードにマグナム・ライフルを突っこむと、左手は無線機と手綱を持ち、強く両脚で愛馬の腹を蹴(け)った。
 雪を蹴たてて、愛馬は走りはじめた。二頭の荷馬がついてくる。
 片山がさっき通った湿地の向うに、敵を待伏せて射ちあいを行うのに好都合の丘があった。片山はその丘に向けて馬を走らせる。再びヴォリュームを絞った無線機からは、苛立った司令室の声と、さまざまな声が交信している。
 二マイルほど戻ったところにある丘は灌木(かんぼく)とキャリブー苔(ごけ)と巨岩だらけであった。片山は高さ二百メーターほどのその丘を、巨岩のあいだを縫(ぬ)って一気に馬を駆け登らせた。
 丘の上には、さまざまな高さの巨岩がいたるところに転がっている。巨岩の一つの高さは五メーターほど、広さは百五十平方メーターほどで、地面とのあいだのところどころに空洞がある。片山は愛馬から鞍を降ろして巨岩のあいだに置き、愛馬と二頭の荷馬を灌木の茂みのなかに連れていって、
「レイ・ダウン!」
 と、伏せているように命じた。荷馬の一つから弾薬箱を外して、鞍を置いてあるところに戻る。無線機で敵の司令や報告を聞く。
 夜が薄く明けかけてきた。まず二十台の大型雪上車と三十台のスノー・モービルが、片山の馬たちの足跡を追ってきた。片山は目を保護するためと、薄明かりでもはっきり見えるように、カリクローム・イエローの強化焼入れレンズのシューティング・グラスを掛ける。
 片山はそれらが千ヤードのあたりまで近づいた時に八ミリ・レミントンの狙撃を開始した。
 敵は重機関銃やロケット砲で反撃してきたが、銃弾や砲弾は巨岩にはばまれて片山に重傷を与えることが出来ない。
 片山のほうは約二百発の八ミリ・レミントン・マグナム弾で、襲ってきた大型雪上車やスノー・モービルの連中を全滅させた。二十分とかからなかった。
 今度はヘリの大群が来襲してくる。ミニガンから七・六二ミリ弾をバラまいていた。ミニガンは、六連装の銃身をモーターや油圧で高回転しながら弾倉の実包を恐ろしいスピードで射ちだすバルカン砲を、口径七・六二ミリ・ナトー弾のライフル実包用に縮小したようなもので、物凄(ものすご)い回転速度で大量の銃弾を連射してくる。
 片山は巨岩の下の空洞に隠れる。ヘリは小型爆弾を投下しはじめた。爆発で飛び散る鋭い岩片が片山の体にくいこんで血まみれにさせる。防弾チョッキをつけてなかったら死んでいたかもしれない。
 その時であった。物凄い金属音と共に、キャナダ空軍のマークと米空軍のマークをつけたジェット戦闘機隊約五十機が、片山や敵のヘリの上空を低く飛び、メディシン連山に向けて突っこんでいく。
 片山を攻撃していたヘリの群れは、メディシン連山側を避けて逃げはじめた。
 岩蔭から這い出た片山は上着の内側から、奇跡的に破壊されてなかったライツ・トリノヴィッドの双眼鏡を取出し、立ち上るとジェット戦闘機隊をレンズで追う。
 急旋回して、メディシン連山に真っこうから向いあったキャナダ軍と米軍の戦闘機の編隊の最前列の十機ほどが、翼下のミサイルを発射して急上昇する。山を避けて宙返りする。
 ミサイルは、原子炉があるらしい洞窟のなかに吸いこまれた。
 ミサイルは核弾頭を使っていた。凄(すさ)まじい爆発の閃光(せんこう)がその洞窟(どうくつ)から外に漏れ、メディシン連山が揺らぎ崩れる感じであった。片山はあわてて、イエロー・レンズのシューティング・グラスをグリーンのレンズのものに替える。
 ジェット・ファイターの第二陣は中性子爆弾研究開発所に核ミサイルを射ちこんだ。第三陣は作戦本部、第四陣はインディアン・スカウトや戦闘部隊員の居住区、第五陣は雪上車輛庫や厩舎(きゅうしゃ)に、それぞれの核弾頭付きのミサイルを射ちこみ急上昇しては宙返りする。
 メディシン連山は直下型の大地震を受けたように崩れ去った。土埃(つちぼこり)のヴェールとキノコ雲が上昇していく。
 地鳴りのせいで片山にはほかの音が聞えなくなった。物凄い振動が伝わってきて立っていることも困難になった片山は、転がる丘の巨岩に直撃されるのを避けて這いまわる。それでもマグナム・ライフルは手放さなかった。
 ジェット・ファイターは、グルズリー・パウ湖の上空で編隊を立て直し、片山がいる丘の上空に向けて飛来してくる。空軍基地に戻るのであろう。
 その時、メディシン連山の東側のマッケンジー山脈にある標高四千メーター級の高山、インディアン・チーフの頂上近くから、ピカッと何か光ったように見えた。
 ジェット・ファイターの編隊が片山の前方一マイルぐらいに近づいた時、インディアン・チーフの山頂のほうから、一条の光線のように銀色のミサイルが飛んできた。
 そいつは編隊の真ん中近くで爆発した。
 形容しがたい閃光で、グリーンのシューティング・グラスを掛けてなかったら、しばらくのあいだ盲目になったことであろう。爆風に片山はよろめく。
 爆心の三十機近くがバラバラになった。あとの二十機近くが狂ったように急上昇して錐揉(きりも)みしては急下降する途中で分解したり、酔っ払ったように蛇行(だこう)して墜落したりする。片山がいる丘に三機が突っこみ、爆発の破片が片山のほうまで飛んでくる。パイロットの肉片も降り落ちる。
 インディアン・チーフ山脈から発射された誘導ミサイルの弾頭は、赤い軍団が開発した中性子爆弾にちがいない。
 ミサイル発射の指令を出した以上、ダヴィド・ハイラルはまだ生きている可能性がある。もしかして、キャナダ空軍と合衆国空軍が襲来する情報を事前にキャッチしていたとすれば、インディアン・チーフ山頂にあると思われるミサイル発射装置のコントロール・ルームに移っていたのかもしれない。
 そして片山は、中性子線と放射能を全身に浴びたにちがいない。今は影響が無いように見えても、時間がたつにつれて、被害の実体がはっきり全身に出てくることであろう。
 地鳴りや天地の揺れはおさまっていた。無線機は岩に叩かれてもう役にたたなくなっていた。片山は自分の馬を捜しに行く。
 三頭とも死んでいた。転がり落ちた巨岩の打撃で死んだものもいるし、ショック死している馬もいる。
 片山はこの丘でダヴィドを待つことにした。もしダヴィドが生きていたら、自分の野望を打ち叩く原因になった片山の死体に唾(つば)を吐きかけに来る筈だ、という確信のような予感が片山にあった。それにダヴィドは、基地を破壊したジェット・ファイターの機骸にも小便を引っかけたいことだろう。
 片山はいまいる丘の、インディアン・チーフ・マウンテンに向っている中腹に、落ちてきた大岩の群れとエヴァーグリーンの這い松(ドワーフ・ジュニパー)の灌木が、上空からも曠野からも丘の上からも見つかりにくい絶好のシェルターを作っているところを見つけた。
 そこに、武器弾薬と、馬の死体から外してきた寝具と食料とスポッティング・スコープを運ぶ。食料が尽きたら、馬を食い、固雪をかじって過ごすのだ。
 シェルターのあいだのキャリブー苔の上で、捲いたキャリブーの毛皮を枕(まくら)にし、スリーピング・バッグとキャリブーとバイソンの毛皮にくるまり、インディアン・スカウトから奪ったウルヴェリンの帽子で顔を覆った片山は、マグナム・ライフルを抱いていた。
 ウルヴェリンの帽子にはキャリブーの腱糸を二本通し、それを引っぱると目のあたりだけを開いたり閉じたり出来るようにする。
 その片山の上に、また激しい雪が降り続きはじめた。
 まるで、バイソンとウルヴェリンの死体に雪が積もっているようになる。無気味なその形は、死体そのもののように動かない。
 偵察ヘリが、何度か飛んできた。ウルヴェリンの帽子を腱糸を使ってそっと動かしてから目を開いてみると、放射能よけのヘルメット付きマスクをかぶったパイロットの姿がよく見える。だが、ヘリは雪に埋もれて自然の一部のようになっている片山に気付かずに飛び去った。
 昼近くに降雪はやんだ。
 スノー・モービル数台の二(ツー)サイクル独特のけたたましい排気音が、遠くインディアン・チーフ山のほうから聞えてきた時、死んだように動かなかった片山は寝具から這い出た。嚙みタバコを口に放りこむ。
 極寒の冷気に触れてたちまち外側が曇るライフル・スコープのレンズをシリコーン・クロースで拭い、白い防水タープを掛けてあった荷物のなかから、八ミリ・レミントン・マグナム実包の弾薬帯(バンダーリア)を二本取出してタスキ掛けにし、頭にウルヴェリンの帽子をかぶる。岩の隙間(すきま)から双眼鏡を使って覗(のぞ)いてみると、三台のスノー・モービルが雪煙をあげてこっちにやってくるのが見えた。
 三人とも黄色い放射能防禦(ぼうぎょ)服をつけ、その服とつながった放射能よけのヘルメット付きマスクをつけていた。マスクとチューブでつながったボンベを背負っている。
 スポッティング・スコープに替えた片山は、真ん中の男がダヴィド・ハイラルらしいと知って、思わず雄(お)たけびをあげそうになった。
 写真で知っているダヴィド・ハイラルは浅黒く秀麗な男であった。頭はかなり禿(は)げあがっているが上品な銀髪で、目には沈痛な趣きがある。
 今は放射能よけのヘルメットとマスクのせいで顔の一部しか見えなかったが、特徴ある目はまさにダヴィドのものだ。
 三台のスノー・モービルは、ジェット戦闘機の残骸のあいだを走りまわっていたが、ついに片山から三百ヤードの距離まで来た。
 嚙みタバコを吐きだした片山は膝射(ニーリング)のスタンスをとり、五百に合わせてあるサイトと三百の差、それと寒さとスノー・モービルのスピードを計算に入れ、自動銃のような早さでボルト・アクションのマグナム・ライフルを続けざまに三発ブッ放した。
 二発はダヴィドの左右の男の首を文字通り切断した。三百ヤードの中距離では八ミリ・レミン・マグナムの威力は凄まじい。
 あと一発は、ダヴィドの右肩を粉砕した。ショックで放りだされたダヴィドから、主(ぬし)を失ったスノー・モービルが勝手に逃げ、岩に激突して仰向けに引っくり返る。エンジンがとまった。
 二つの死体のものであったスノー・モービルも横転してエンジンの息をとめていた。
 マグナム・ライフルの弾倉に補弾した片山は、血も凍るような雄たけびをあげて丘を走り降りた。
 ダヴィドは雪にもぐりこみそうになってもがきながらも、左手で右腰の拳銃を抜こうとしていた。
 片山のマグナム・ライフルがまた吠(ほ)え、ダヴィドの左手首は吹っ飛ばされた。
 膝(ひざ)まで雪にもぐりこみながらダヴィドの前に立った片山は、身をかがめ、ダヴィドの左手首の上を革紐(かわひも)で強く縛ってから、マスクを脱がせようとした。
「やめろ! やめてくれ! 十億ドル出すから・・・・・・放射能に顔をさらしたくない!」
 ダヴィドは、マスクに内蔵されているマイクを通じて、パニック状態におちいった者特有の金切声をあげた。
「ふざけるな」
 片山はマスクとヘルメットを、防禦服から強引に引き千切って捨てる。
「死にたくない! 助けてくれ、ケン。これからは手を組んで一緒に事業をやろう。好きなだけ儲(もう)けさせてやるから」
 雪に血を染めながら、ダヴィドはわめいた。沈痛な眼差しなどどこかに消え、発狂寸前の表情だ。
「貴様は俺の女房と子供たちを殺させた」
「あ、あれは偶然だったんだ・・・・・・事故だったんだ・・・・・・捲きこまれたあんたの家族には同情する・・・・・・本当だ・・・・・・あんたに、賠償金を一億ドル払う。スウィスの銀行まで連れていってくれたら、現金で支払う! 助けてくれ!」
 ダヴィドは泣き声を立てた。
 その時、ダヴィドの救いを求める目の動きがとまった。片山は振りかえる。ベル・ヒューイコブラのヘリが近づいてきているのを見る。片山はダヴィドを、近くに落ちているジェット・ファイターの残骸の陰に引きずり込んだ。
 近づいてきた武装(チョッパー)ヘリは、ダヴィドも殺してしまうのを怖れて、なかなか発砲しなかった。片山はボルト・アクションのライフルを自動銃のような早さで連射する。ロータリー・ブレードをやられたチョッパーは、バルカン砲を出鱈目(でたらめ)に吐き散らしながら墜落し、炎に包まれる。
 爆発した機体の破片や乗員の肉片が片山の近くまで飛んでくる。
 それを横目で見ながら片山は、
「女房と息子と娘の命は金では買えない。貴様をなぶり殺しにしてやる」
 と、激情に全身を震わせた。
「やめろ・・・・・・やめてくれ・・・・・・あんたは悪霊の化身だ!」
「その言葉は貴様に返してやる。貴様、キャナダの皇帝になろうなんて気違いじみた考えに、どうしてとりつかれたんだ?」
「私はユダヤ人だ。母親がユダヤ人でユダヤ教徒なら、父親が何国人でもユダヤ人だ。ユダヤ人が頼れるのは金(かね)しかない。イスラエルだって、いつアラブに倒されるか分ったものではない。だから私は、新しいキャナダをユダヤ人が安住出来る帝国に作り変えたかったんだ」
「もっともらしいことを言うなよ。新帝国の皇帝として好き勝手なことをやりたかったんだろう?」
 片山は吐きだすように言った。
「認める。私は昔から権力に憧(あこが)れていた。自分の意思次第で何百万、何千万、何億という馬鹿どもを自由に動かせるなんて、男として最高だ・・・・・・俺は合衆国の政財界を動かしているユダヤ系の実力者たちを買収してあったのに・・・・・・畜生、奴等は怖くなって俺を裏切りやがった・・・・・・ここに案内してやった連中がしゃべりやがったんだ!」
 ダヴィドは叫んだ。
「貴様の悪夢はもう終りだ。これから、晶子と亜蘭(あらん)と理図(りず)に代わって、貴様の処刑をはじめる」
 片山はガーバーのブーツ・ナイフを抜いた。ダヴィドの放射能防禦服を切裂き、下につけているものも切裂いて素っ裸にする。
 ダヴィドはシミだらけの体を、恐怖と寒さのためにマラリアの発作時のように震わせた。
「これは晶子の分だ」
 片山はダヴィドの右の眼球を抉(えぐ)り取って捨てた。絶叫を上げてダヴィドは脱糞した。
「これは亜蘭(あらん)の分だ」
 片山はダヴィドの鼻を削(そ)いだ。
「これは理図(りず)の分だ」
 片山はダヴィドの腹を裂いた。ハラワタを摑(つか)み出してダヴィドに見せてやる。絶叫を放ち続けていたダヴィドは失神した。
 片山はダヴィドの割礼がほどこされた男根を、樹脂(ピッチ)の塊りに火をつけたもので焦(こ)がして意識を取戻させた。
「そして、これが俺の恨みの分だ」
 片山はダヴィドの焦げた男根を切断して、悲鳴をあげる口に突っこんでやる。
 
 
 
 

 
 

  エピローグ

 積雪で腿(もも)まで埋まり、数えきれぬほどの転倒で雪だるまのようになりながら、片山は南へ南へと歩き続けていた。
 中性子線に体を貫かれた影響はすでにはっきりと片山に現れていた。皮膚はただれ、意識はかすれ、内臓から突き刺してくる全身の痛みは苦痛を通りこして、ただただけだるい。意志の力だけが片山を支えているように見えた。
 雪に隠れていた岩に躓(つまず)いて、また片山は倒れた。
 雪に顔を埋めて目を閉じる。
 朦朧(もうろう)としながら夢を見ていた。死と生の魔境を魂は彷徨(さまよ)いながら、夢を見ていた。
 暖かい暖炉の火が燃える家で、全身に喜びを現した晶子と亜蘭(あらん)と理図(りず)が、久しぶりに帰宅した片山に両手を差しのべてくれている。
 三人に抱(いだ)かれて、闘いに疲れきった片山は、そのまま眠りにつきたかった。甘美な眠りに落ちこみたかった。
 その時、エレーンが夢に出てきた。エレーンは片山を支え起し、エルクやムースやグラウス、それにマスや鴨に満ちた林や川に帰ろうと片山の手を引く。
 片山はハッと目を開いた。
 だが、ちょっとだけでいいから休ませてくれ・・・・・・と血が滲(にじ)む唇で呟くと、また瞼(まぶた)を閉じる。再び雪が降りはじめ、片山の頭に背に積もっていく。
                                      〈了〉


 
 
 
 
  
 
   
  あとがき
 
 読者の皆さま、僕がこの一年間全身全霊を打ちこんだ、この長い作品を読み終えてくださって、まことに有難うございました。これは “野生時代” 一九七八年十月号に発表したものに大幅に加筆、訂正したものです。
   
 このような作品ですから、さまざまな資料のお世話になりました。有難うございます。そのうち特に、G・Iコルトのプッシュ・ロッディングについては、月刊 “GUN”(国際出版)の国本圭一氏「続・早射ちのすべて」、防弾チョッキにつきましては同誌発表のターク・タカノ氏の記事、モザンビークの戦いにつきましては “立上る南部アフリカ・2・モザンビークの嵐”(ウィルフレッド・バーチェット著、吉川勇一氏訳、サイマル出版会)を参考にさせてもらいました。M十六に関してはシスコ在住のイチロー・ナガタ氏、M六〇に関してはタカノ氏、四輪駆動車に関しては「四×四(フォー・バイ・フォー)マガジンの石川及び原田氏、合衆国の兵役制度については「片道の青春 −ふっとんだ俺の目と脚− 」(北欧社)を書かれた横内仁司氏やコロラド州在住のクザン・オダ氏及び彼の友人たちの御協力に感謝します。
 
 なお、カナダとモンタナのロッキーの二か月にわたるビッグ・ゲーム・ハンティングのあと、この作品を書きはじめたわけですが、息子たちの重病その他の原因で、ともすれば気力が萎(な)えようとする僕を、さまざまな形で励まし続けて完成に導いてくれた「野生時代」の見城徹氏、編集部の青木誠一郎並びに佐藤吉之輔の両氏に・・・・・・それに、最後になりましたが運命の女神と、最も御助力いただいた角川春樹氏に厚くお礼をのべます。
  
    一九七八年十二月                            著者 
 



 
 
『傭兵たちの挽歌』大藪春彦

 
昭和五十三年十二月二十五日初版発行
 







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Last updated  2022年02月06日 12時24分59秒
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