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テーマ:暮らしを楽しむ(388437)
カテゴリ:Living
「灯台下暗し」とは、実によく言いあてたもので、自分自身の事っていうのは、ほんと~によく分らないことが多い。
だいたい、鏡なしでは、自分の歯に青海苔が引っついてたり、鼻毛が覗いていることすら分らない。鏡を見てビックリ!!!という経験は、結構あるものだ。で、はずかし紛れで周りの人に「どうして教えてくれなかったのぉぉぉー!」なんて言ってしまうのだが、他人からはこの『告げ方』が、なかなか微妙だ。結構勇気がいるので、教えてくれない人が多いのだ。下手すると、せっかく教えてくれた相手に、逆ギレする場合だったあり得るのだから、案外難しい。 だから自分で鏡をちょくちょく覗くというのは、大切だ。 この『鏡』の役割をしてくれているのが、家族や友達、同僚・・・加えてペットまでという、自分の周りを取り巻く存在だったりする。ところがこの『鏡』は、見方にちょっとコツがあるために、『鏡』であることに気がつかない事が多かったりする。 例えば、今回帰郷したとき、父や母に感じた歯がゆさを感じた。自分の考えや好みが凝り固まって、他人の意見、特に一番身近な身内からの意見を、柔軟に受け入れられないのだ。 これは子供が親に対してでも、きっと起こることだろう。でも、大人である方が柔軟さに欠けて、かえってタチが悪いかもしれないな・・・などと思っていた私だが、実はこれが私にとっての『鏡』だったのだ。 結局は、これとほぼ同様の歯がゆさを、連れは私に対して感じていたらしいことを知った。「言い方を間違えて、機嫌が悪くなるかも」と、ずっと受け流してきたらしい。これには正直、『目からウロコ』だった私。自分では柔軟で、他人の意見は結構聞く方だ・・・と思っていたのに。どうやら大きな勘違いだったらしい。 鏡を覗いて「一体、この状態でどれだけ過ごしたんだろう」と赤面状態。これからはもう少し、頻繁に『鏡』をチェックして自分を見つめなおす必要がありそうだ。 そして勇気をもって『鏡』を見せてくれた相手には、素直に感謝したい。 関連日記 「インナー・ジャーニー」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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