●たろうこおろぎ●

September 11, 2007

カテゴリ：おきにっ♪

太郎こおろぎ

たしか、まだ二年生か三年生のころでした。

わたしは、父の仕事の関係で、

しばらくさびしい山おくの小学校に

通ったことがあります。

本当に小さな学校で、

ろう下と教室の間には、

紙しょうじが入っていました。

運動場は道を広くしただけの所で、

体そうをしていると、ときどき牛が

モーと鳴きながら、車を引いて通りました。

となりの町の小学生たちは、

「しょうじ学校の、道運動。」

と、わたしたちの学校のことを

ひやかしていました。

その学校のわたしの組に、太郎という

たいへんないたずらっ子がいました。

太郎は、ガキだいしょうでいばっていましたが、

都会から来たわたしには、

なんとなく親切にしてくれました。

「ええか、お前をいじめるやつがいたら、

　こっそりおれに言え。

　そしたら、おれが、そいつを

　なかしてやるからな。」

そんなことを言ってくれたりしました。

太郎は、しのちゃんという女の子と

ならんでいましたが、二人のつくえの下には、

ひみつがありました。

つくえの下のゆか板に、ふしあなをけずった

あながありました。

もちろん、太郎がけずったものです。

太郎は、ときどき、いりまめなどを

ポケットにしのばせてきて、

こっそり教室で食べました。

まめのかわは、そのあなに落としますし、

えんぴつのけずりかすなども

すてていました。

また、そのあなには、木のわかえだを

けずって作った刀が、何本も

かくしてありました。

休み時間になると、その刀をふり回して、

女の子や弱い子を追い回すのです。

みんなそれを知っていましたが、

こわくて、だれも先生に言いつけませんでした。

ある日、しのちゃんが、小さなブラシのついた

新しい消しゴムを持ってきました。

「なかなかいい物、持ってきたな。

　よしよしつかってやるぞ。」

太郎はそう言って、さっそく何やら

ごしごしと消し始めました。

ところが、手がすべって、しのちゃんの

大事な消しゴムが、ひみつのあなから

落ちてしまいました。

しのちゃんは、泣き出しそうでした。

「弱虫、なくな。

　おれが今、取ってきてやる。」

と、太郎は、すぐ教室をとび出していきました。

どこからもぐりこんだのか、太郎は、

教室のゆか下に入っていきました。

でも、ゆかの下はくらくて、

くものすやほこりだらけで、

なかなか見つかりそうにありません。

そのうちに、授業の始まるかねが、

鳴ってしまいました。

しのちゃんはこまって、授業中も

下ばかり見ていました。

そして、とうとう先生に見つかってしまいました。

「しの、下ばかり見て、何してる。」

しかし、しのちゃんは、自分の消しゴムを

取りに行ってくれた太郎を、先生に言うのは

悪いと思いました。

そのとき、ゆかの下で太郎に追われた

こおろぎが一ぴき、あなから

とびだしてきました。

「こおろぎが鳴いているんです。」

と、しのちゃんは、とっさにそんなことを

言ってしまいました。

「何、こおろぎ。

　なんて鳴いている。

　先生に教えておくれ。

　さあ-------。」

先生はそう言って、しのちゃんにこおろぎの

鳴きまねをさせました。

「り、り-------。」

と、しのちゃんは言いかけましたが、

みんながどっとわらったので、

目になみだをためて下を向いてしまいました。

ところが、そのとき、ゆかの下から、

しのちゃんの後をうけて、

「りり、りり、りり---------。」

と、声がしてきたのです。

先生も子どもたちも、びっくりして

耳をすましました。

やがて、クスクスとわらいだしました。

だれかが、

「太郎こおろぎだっ。」

と言いました。

今度は、先生もふき出してしまいました。

こおろぎが鳴くころになると、わたしは、

いつも思い出します。

楽しい山の小学校でした。

この間、風のたよりに聞きました。

太郎は、今、村の村長さんに

なっているということです。

そして、二、三年前、

りっぱなコンクリートの学校を

たてたということです。