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テーマ:暮らしを楽しむ(388236)
カテゴリ:自分育て
先日ひょんな事から、とある幼稚園の園長先生とお目にかかる事が出来ました。 長年幼稚園の園長先生をなさっているその方は醸し出す雰囲気がとっても優しくて、お話していて心がほっかりしてきます。 その方がおっしゃっていたお話の中に、なるほど!と思われることがありました。 『子供は、親がやってきた事をいくつになってもそのまま踏襲していくんですよ。』 そう、私も同じ。 母がやっていたような家事の仕方、同じような子育て・・・・。 『親がしている事に対しても、兄弟姉妹、全く捉え方が異なるんですよ。』 そういえば、先日あるエッセイに同じ事を書かれていたっけ。 梅干を上手に漬けるお母さんを見て、三姉妹それぞれが違う捉え方をしていたって。 長女は、自分も同じように上手に漬けられるようになろうと励み、立派な主婦に・・・。 次女は、高く売れるにはどうしたら良いのだろうと感じ、その後キャリアウーマンに・・・。 三女は、あの美しい紅い色が忘れられず、初任給で同じような色のバッグを買い求めて・・・。 親は、同じように育てたのに・・・と思っているけれど、受け止める側はそれぞれの個性。 でも、出来る事ならまずはどんな事でもまず聞いて、丸い形が楕円に、それどころか三角、四角になろうとも、自分の中に受け止め受け容れるだけの度量は持ちたいものです。 『人って、自分がされて嬉しいと思う記憶は、ずーっと残っているんですよ。そして、いずれ何かで同じ事を自分がするとき、嬉しいと思った事を具現化しようとするものなんですよ。』 そう!そう! 嬉しかったから、同じ事をさせて頂きたい。 美味しかったから、同じ物を味合わって頂きたい。 幸せだったから、同じように幸せになって頂きたい。 楽しかったから・・・・。 喜んだから・・・・。 自分の中の光に包まれた良い記憶は、やっぱり独り占めするのではなく、誰かにどんな形でかして差し上げたい。 それができる自分でありたい。 これは、両親だったり、祖父母だったり、親戚だったり、友人知人だったり・・・、いろいろな方から頂いた幸せや喜び。 私一人では作り出せないもの。 先祖代々受け継いできた『徳』の貯金が、今ある私のまえに運んで来てくれた幸せのプレゼント。 さて、この『徳貯金』。 私で一体何代目なのかしら? 途切れさせること無く続けるために、受け渡していくために、今日も笑顔で・・・ね。 別の方から聞いたお話・・・・。 『自分が今姑と険悪だから、自分が姑になった暁には嫁をいびる事が楽しみ。』 自分が受けた嫌な事を、ついつい人にしてしまうのも、人の悲しい性なのでしょうか。 確かに、ムカムカイライラした時は、誰かに何かに当たりたくなってしまうのも本当。 でも、できればこの因縁は、この代限りで終わらせたい。 幸せ、楽しい事は未来永劫永く永く続いて欲しい。老舗と呼ばれるくらいまで・・・・。 でも、嫌な事、悲しい事は、私が初代でそのまま末代になってやる。 良い事だけを伝えた先祖になるために、生きているうちから魂磨き。 さぁ、腹を据えて、腹を括って・・・・、ピカピカの魂にしちゃうんだから。
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