人生の大底にいると思っている人へ
青山学院大学陸上部監督の原晋さんの人生は、山あり谷ありの連続であった。高校時代は駄馬といわれながら、練習とチームワークによって母校の世羅高校が全国高校駅伝で準優勝を果たした。中京大学時代は「おまえはチャラけている」と言われながらも、日本インカレの5000mで、3位に入り、中国電力に入社している。中電時代は足のケガから5年で選手生活引退を余儀なくされながらも、サラリーマンとして1から再スタートし、伝説の提案型営業マンといわれるような存在感を示した。そして、青学陸上競技部の監督に転身して3年目には廃部と監督解任の危機に追い込まれながら、何とかしのいで5年目に箱根駅伝出場、そして11年目に箱根駅伝優勝を果たしたのである。中電では選手生命を絶たれた。青山学院では3年で解雇されそうになった。なかでも1番苦しかったのが中電で選手を引退したときであるという。サラリーマンとして1から再スタートするといっても簡単に割り切れるものではない。そのために、陸上競技に対する立ちがたい未練を完全に断つことにした。以後、試合に足を運ぶこともやめた。テレビ中継を見ないようにした。陸上競技の関連の雑誌、本も買わなかった。つまり完全に退路を断って、28歳からサラリーマンとして再出発することにしたという。原さんは次のような話をされている。芝をある土地から別の土地に移す時、土を付けたまま移植すると根腐れして生育がよくないそうだ。だから、根に付いた土を水できれいに洗い流してから次の土地に植えるのだという。同様に、私たちも挫折して人生を切り替えるときには、根っこをよく洗い流して次のステージに進む必要があるのかもしれない。(逆転のメソッド 原晋 祥伝社 176ページより引用)これは神経症の克服にも参考になる話です。神経症の原因となっている、不安、恐怖、違和感、不快感がなくなるかもしれないと思いながら、森田理論学習に取り組んでいる間は、いつまで経っても神経症は治らないのです。治すことを断念する、絶体絶命になる、退路を断つ、背水の陣を引くことで、はじめて神経症克服の門が開いていくのです。逆説的な説明のように思われるでしょうが、これこそが神経症克服の真実なのです。未練は絶ちがたいのですが、このことは頭の片隅に入れておいてほしいと思います。原さんは人生のどん底で積極的にやったことは、勝利者や成功者の体験本を読み、成功体験を扱ったテレビ番組を見たりすることだった。苦しみから這い上がってきた人たちのライフストーリーはとても参考になった。これは、森田理論学習でいえば、自助組織の生活の発見会の集談会が担っていますね。そういう仲間がいます。宝の山だと思います。人生のどん底に突き落とされたとき、人間には2通りの道があります。一つは、自分の運のなさを嘆き、自分の存在を否定してしまう道です。本来人生には波があるわけですから、大底にあるときは、これから浮上していく流れに入っていくのが普通です。しかし、自己否定して嘆き悲しんでばかりいると、その大底は真の大底ではなかったということです。さらにまだ下に真の大底が口を開けて待っているのです。それが繰り返されると、人生は絶望に変わってしまいます。この悪循環にはまってしまうと、浮上のきっかけは全く掴めなかったということになります。つまり失意のうちに人生の終焉がやってくるのです。二つ目には、どん底を意識し自覚する道があります。現状を正しく分析して、事実を素直に受け入れるということです。問題や課題を認識して、底から這い上がる道を必死になって探す。そして、解決に向かって実際に行動に移していくという道です。こういう人は自己否定するようなゆとり時間は全くないと思います。その路線に入りますと、そこがまさに真の大底で、そこを出発点にして、人生は再び浮上していくのです。正常なレンジの範囲内の波が起こるようになります。谷深ければ、山高しです。その上昇スピードも速くなります。それが自信となり、その人は一回り大きな人間に成長することができるのです。森田理論学習は、そういう人を一人でも多く作り出そうとしているのです。