理論学習と実践は車の両輪である
7月号の生活の発見誌に衝撃的な記事があった。森田の理論学習はある時期(基準型学習会を終了し、中間層となって以降)からはむしろ害になる可能性があると私は考えています。K先生曰く。あんまり「学習しましょう」っていう路線にしすぎない方が「本当の森田」のような気がするんですよね。最終的には学習から抜け出るのが、本当の森田のような気がするんですよ。さらに「森田全集第5巻」を念入りに読むと、森田先生が理論学習に陥ることの弊害をたびたび患者たちに諭していることが分かります。森田先生曰く。知識のある人が治りにくいのは、実行が伴わぬからで、(中略)時に不要の知識は捨てる事が大切。(興味のある方は50ページから55ページをご参照ください)これに対して私の見解を整理してみました。私は森田理論を深耕していくことは素晴らしいことだと思います。森田理論は学習すればするほど味わいが増します。森田理論の深耕は新しい発見の連続であり、楽しみ以外のなにものでもありません。問題点はそこにあるわけではないと考えます。森田理論学習と実践のバランスをとりながら学習を進めているかどうかが問題になります。森田では、理論と実践は車の両輪という考え方をとっています。実践を忘れて理論学習に過度にのめり込むのが問題なのです。理論の車輪が小さいときは、実践の車輪も小さくてもよいのですが、小さな車輪を必ずつけることを忘れないようにすることです。理論の車輪が大きくなれば、当然実践の車輪も大きなものに付け替える必要があります。同じ大きさの車輪でないと前には進みません。生活が停滞します。そのまま放置していると、行動の車輪を基点にして理論の車輪が空回りしてしまいます。こんなに森田理論を深めているのに、どうして苦しみがなくならないのかと後悔することになります。エネルギーのある人は、森田理論の理解度が浅いためだと勘違いして、さらに理論学習にのめり込み可能性もあります。その熱意は素晴らしいのですが、残念ながら神経症は好転するどころか悪化します。基準型学習会を終了し、中間層となってしばらく経過した人は、そのエネルギーの大半を実践に振り向けていくことが重要になります。