第179話 プライベート・バンク
タクシーは古びた赤レンガ造りの4階建て位の建物の前で止った。ジョージはポケットからタクシー代とチップを払うと、もたもたしている私の腰に手を回し強引にタクシーから引き出した。「ここが銀行?!」「そう。ここの3階」「3階だけ?」「……みたいだな」ジョージは地図と銀行の所在地の書かれた書類に目を落とすと、「間違いない」と建物を見上げた。小さなエントランスホールには確かに屈強そうな体格の良いガードマンが2人程立っていたけれど、その外観は本当に銀行なのかと疑うくらい普通の民家のような……ううん、むしろ質素なお家と言ったような佇まいだった。「ようこそ、お待ち致しておりましたジョージ様」声のする方を見ると、かなり背の高い白髪の紳士が階段から降りて来た。大きい!この人、凄く大きいわ!私はポカーンと口を空けて大男を見上げた。ジョージだって背が高いけれど、この老人はそのジョージよりも頭ひとつは背が高くて、私は眼を見張った。「初めまして。私、支配人のリヒャルト・ケストナーと申します」前かがみになりながら差し出された手に私の手はすっぽりと包まれてしまった。「昨日はすまなかった。行くと連絡をしておきながら来れなくて」「よろしいんですよ。ジョージ様。あなた様は当銀行のオーナー様であらせられますから」「とにかく、すまなかった」神妙な面持ちで握手を交わしたジョージに、この銀行は来訪者の受け付けは1か月前でないと受け付けないのであり、その他の変更は一切聞き入れない規則になっていることを聞いた。「プライベート・バンクだからな」「プライベート・バンク?!」3階の扉がすぅっと開くと私は更にポカンと口を開けた。何も無いわ。机とソファと……テーブル。それからローチェスト。殺風景なフロアには3人の男性が大きな椅子に腰掛けて優雅に万年筆を握り、書類の上を滑らせていた。奥の個室に通されソファに腰を下ろすと、支配人は穏やかな口調で私に話しかけてきた。「アリシア様は、プライベート・バンクは初めてのようですね」「え?!ええ……。おじい様やマッカーシーの持っているような銀行とはあまりにも掛け離れていて、正直、驚きました」「はっはっは。正直なお方ですね。ですが、当行でお預かりしております資産はその両行に匹敵するかと」「……まさか!」「そんなとこだろうな」ジョージはニヤリとほくそ笑むと、煙草に手を伸ばした。コホン!と咳払いする私の顔を見るなり、バツが悪そうに窓際に立ち窓を開け、煙を燻らせた。「この銀行は、有名なプライベート・バンク、ピクテやダリエ・ヘンチと負けないくらいの歴史ある銀行なんだ。しかも、単なるにわか成金なんかからは金を預かったりしない。だよな」ジョージの方を見ていたケストナーの目が鋭く光った。「さようでございます。私どものお客様は歴史もございますれば、そのご経歴もきちんとした審査を通過された方でないとお受付致しません」「ドルにして最低金額は1,000万ドル(1970年代当時にして24億ドル)はないと口座は開けない」「1,000万ドル……」その途方もない金額を聞いただけで私は軽い眩暈を覚えた。でも、どうしておじい様はこの銀行をジョージに託されたのかしら……楽しそうに支配人と歓談するジョージと目が合い、私はにこっと微笑みを返した。ジョージはふっと微笑むと、「ばぁか」と小さく口パクした。幸せで、とても温かい時間が流れていた……私はこの時、これが私達に降り掛かる悲劇への序曲だと言うことを知るべくもなかった。 ↑ランキングに参加しています♪押して頂けるとターっと木に登ります「フラワーガーデン1」はこちらです。良かったらお楽しみ下さい♪