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テーマ:鉄道雑談(1542)
カテゴリ:宮城のおでかけ
3月31日(土)をもって廃線となった「くりでん最後の日」のドキュメントが、昨日、宮城の各局ローカルニュースで伝えられました。 りと様も、くりでん最終日は、現地まで見に行けなかったので、昨日のテレビで最後の日の様子を見ました。
くりでん最後の日は、予想通り、朝から晩まで大変な混雑でした。 車内(山手線並み)、駅はもちろん、田園の中から「くりでん」を撮影する人々もたくさんいました。 りと様が写真を撮った跨線橋からテレビカメラで撮影した映像もありましたが、田園の中にもカメラを構える人々が点々と映ってました。 そして、走行する「くりでん」を、地元の人達が田圃の中に立って見送り、「くりでんありがとー」「お疲れ様」と、叫びながら、手作りの小旗を振って見送っていました。 沢辺駅も、これまでは駅長さんが一人で勤務していたのですが、最終日は、退職した方々が2~3人ほど応援に来て、再び「くりでん」の制服を着て勤務してました。 沢辺駅で売っていた「くりでんグッズ」も、ほとんど売り切れたとのことです。 最終日の勤務を終えた沢辺駅の駅長さんは、「とくかくホッとした。」「今は安堵感でいっぱい。」と、語られていたのが印象的でした。
そして、いよいよ最後の列車です。 冷たい雨のふる午後7時半、最終電車が、始発駅を出発して行きました。。 もちろん、始発駅ホームは大勢の鉄道ファンで埋まっています。。 ついに最終電車が出発した瞬間、ホームは大きな拍手に包まれ、「ありがとう」「さようなら」と、声をかける人もいました。 最終電車は終点で乗客を降ろした後、回送して車庫のある若柳駅まで戻り、電車は駅構内の車庫に収まりました。 その後、午後10時半から、栗原市若柳の「くりでん本社」に全社員(約20人)が集合し、ハンドル返還式が行われました。 運転車両課長の手から社長(栗原市長)の手に、列車運転の象徴である「運転ハンドル」が返還されました。 この瞬間、くりでんの89年の歴史に幕が下ろされました。 (地元ニュースによると、くりでんの約20人の社員のうち、一人は定年退職、三人は残務整理、残りの十数人は先月開通した「仙台空港アクセス鉄道」で働くそうです。) 「4月6日追記」 NHK「クローズアップ東北」によると、鉄道業務から離れて、新たな道に進む方もいるそうです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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