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テーマ:☆仙台☆(1720)
カテゴリ:古い絵葉書・写真
今回は、約30年前の仙台の絵葉書を紹介します。
りと様は、高校までは福島に住んでましたが、 当時、仙台には年に1度か2度、お小遣いを貯めて()、福島には売ってないような洋服やアクセサリーを買いに来てました。 当然、今のように「高速バス」などありませんでしたから、そうそう頻繁には来られませんでしたね・・。 で、将来、自分がココに住むようになるとは想像もしてませんでした。 定禅寺通り。 仙台七夕祭。 仙台市=市庁舎と噴水。 県庁舎(当時)。 ちなみに、この絵葉書の県庁舎は二代目で昭和6年竣工だそうです。 現在の建物は三代目で平成元年竣工・・とのことで、この建物は当然ながら現存しておりません。で、りと様も見たことがありませんです。
青葉城址より夜の仙台を望む。 絵葉書に書いてある説明によると、「昭和20年7月9日戦災に遭い全市の三分の二を消失せるも復興し、今では50万都市になり、」と、書いてあります。 仙台市が人口百万を突破したのは、今から11年前の1999年だったと思いますが、 それ以前に泉市(現・泉区)や宮城町の合併などがあったんですよね・・って、りと様もその頃、仙台に住んでなかったので、当時の状況はあまりよく分かりませんです~。 大手門隈櫓より夜の市街を望む。 で、1984年の12月、りと様は、冬休みで母と一緒に一番町で買い物をしていたんですが、元東京都知事の「美濃部亮吉氏」が選挙の応援演説にきていた・・と、母が言ってました。 それから数日後だったと思いますが、美濃部氏は享年80歳で鬼籍に入られました。(ウィキで確認したら、逝去されたのは1984年12月24日)。 だから、その時、たまたま仙台に買い物に行ったことは今だに覚えてますね~。かすかに当時の一番町の風景も、一瞬だけ思い出せます。 曇っていて寒い日でしたね。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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