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カテゴリ:東日本大震災の記録
震災後、一週間目の3月18日に、 仙台から福島へ移動した時の記録です。 福島へ行く高速バスが復活して、三日目のことでした。 福島行きのバスを待つ行列です。 15時、15時半、16時と、続けて便が出ていたので、 「並んでいれば、どれかには乗れるだろう」と、14時40分頃、高速バス乗り場へ到着しました。 結果的には、15時のバスが30分遅れて到着し、15時半のバスと二台続けてきました。 りと様は、二台目のバスに、最初に乗ることができ、 子供を膝に抱いた状態で、運転席のうしろに座りました。 バスは、二台共に、補助席まで使った「満車状態」で出発しました。
この時は、一般車両通行不可だったので(緊急車両のみ)、 ごらんのような「無車状態」の時が多かったです。 体感的には、法定速度より遅く感じました。 たまに、対抗車線をパトカーが何台も列をつくって通過していきました。 あとは、自衛隊の車両をよく目にしました。 一般車両が通行可能になったのは、この日から、六日後のことでした。 福島県内に入ったところで、車窓を撮影。 いつも目にする風景となんら変わりなく、「震災が夢だったらいいのに・・。」と、思いました。 約一時間十分の乗車時間(震災前と同じ)で、福島駅に到着しましたが、 バスを降りた瞬間、「空気の匂いが変だ。」と、思いました。 それは、嗅いだことのない匂いでした。悪臭ではありませんでしたが・・。 (実際、この日の放射能測定値は高く、12マイクロシーベルトくらいだったかな?。それから日に日に下がり、今は1~2マイクロシーベルト台です。) 実際、空気の匂いを敏感に感じたのは、この日だけでした。 福島市内では、「タクシーがつかまらないかもしれない。」と、聞いていたので、 最悪、徒歩30分も覚悟して、母に出迎えを頼んでいましたが、福島駅ですんなりタクシーに乗車でき、まっすぐ実家に向かいました。 ちなみに、仙台では、 なじみのタクシー会社に電話したら、「その時、可能なタクシーがあれば、行くことが出来る。時間予約はできない。」と、言われました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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