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カテゴリ:読書・小説 雑誌
小さな光
佐和田信彦 一章 秋祭り 平成十二年の秋、山々の紅葉も色鮮やかに染まっていた頃だった。枯葉も時折、風に吹かれながら路上に舞い落ちる、秋も半ばの頃だった。 北陸の小さな町で暮らしている、親友の北澤から源次郎宛に一通の手紙が届いた。北澤からの手紙には、〔これまで途絶えていた秋祭りが、町の人達の努力と協力によって、町を挙げて十年ぶりに復活する事となった。源さんも、昔から祭りが大好きなので、私が暮らす町へ来て一緒に祭りを楽しまないか〕と言う誘いの内容だった。北澤が送ってきた手紙を読んだ源次郎は、五年前に会って以来、その後一度も会ってはいなかった。 源次郎は北澤宛に〔五年ぶりに会って、町の事や人々の事を聞かせて欲しい、それに、北さんの元気な姿も見たい、喜んで伺わせて貰います。〕と返事を出したのだった。 そして、手紙を読んだ六日後、北澤の暮らしている町を五年ぶりに訪れた。東京駅から東海道新幹線で京都まで行き、京都駅から北陸本線に乗り換えて金沢駅で降りた。 駅で待っていた北澤は、源次郎の姿を見て、手を振りながら「源さん、五年ぶりだなぁ、よく来てくれた」と源次郎に言った。源次郎も片手を振り「北さん、久しぶりだなぁ、祭りを楽しませて貰うよ」とお互いに声をかけ合った。 源次郎と北澤の二人は、コスモスの花が咲き乱れている道を、北澤の運転で、家へと向かって車を走らせた。 北澤の家に着いた源次郎は、北澤の妻、早苗に「奥さん、お久しぶりです。二・三日お邪魔させていただきます」と言いながら手に持っていた土産を早苗に渡した。そして北澤の部屋で寛いでいた。源次郎は部屋から外を眺めながら、町の人達や子供達が祭りの会場へ向う姿を見て「北さん祭りが途絶えてから十年になるのか?」と源次郎は言った。 北澤も「あぁ、祭りが途絶えてから十年になるな」と言った。「十年も途絶えていたのか町の人達や子供達も、今日の祭りを楽しみにしているだろうなぁ」と源次郎は言った。 北澤が「十年ぶりの祭りだからなぁ」と言った。五年ぶりに会った二人の話が尽きる事は無かった。源次郎と北澤も祭りの会場へと向かったのである。会場は十年ぶりに行われる祭りに、子供達や町の人達が楽しむ様子に、源次郎と北澤の顔に笑顔が見えていた。 祭りが終わる頃、陽は西の山に隠れ始めていた。二人は世間話をしながら家路に付いた。 源次郎は「北さん、町を挙げての事はあったね。今日はとても楽しかったよ、来て良かった、ありがとう」と言った。 北澤も「源さん、とても楽しかったよ。ありがとう。明日は、温泉に入って、美味しい物でも食べて、ゆっくりしよう」と言った。 北澤に「復活した祭りが、何時までも、永く続いてくれるといいなぁ」と源次郎が言った そして翌日、源次郎と北澤は、吉野谷の近くにある、白山一里野温泉に向かって車を走らた。 温泉で休養した二人は、白山スーパー林道へ向かって車を走らせ、石川県から岐阜県に入り、合掌造りで知られる白川郷を訪れた。合掌造りの建物に興味のある源次郎は、合掌造りの技術に魅せられて、何度か白川郷を、一人で訪れた事があった。何度訪れても飽きる事のない場所でもあった。東京で暮らしている源次郎には、地方で観るすべてが新鮮に思えたのである。白川郷を後に、北澤の暮らしている町へと車を走らせた。北澤の家に着いた時、午後九時を回っていた。二日目を有意義に過ごした源次郎は、北澤の夫婦に感謝していた。 三日目の朝を迎えた。 秋祭りも終わり、静かな町の暮らしが始まっていた。北澤の運転する車で、金沢駅へ向かう車中で「北さん、世話になったなぁ、久しぶりに、ゆっくりと休養する事ができて、礼を言うよ」と源次郎は北澤に言った。 東京の自宅に着いた源次郎は、夕食を食べながら、妻の登美子と裕一に、北澤の暮らしている町の人達の事や祭りの事などを語った。 娘の久美子は、友達と一緒に、海外旅行中で家にはいなかった。笹山源次郎の家族は、四人家族で暮らしている。長男の裕一は、源次郎の後を継いで、笹山コーポレーションの代表取締役として多忙な毎日を過ごしている。長女の久美子も、ファッションとジュエリーの小さな会社の経営者である。妻の登美子は主婦であり、みんなの良き理解者でもある。 そんな幸せの笹山家に、突然の悲劇が起きた海外旅行から帰って、数日の事だった。娘の久美子が、信号無視をして走って来た車に、撥ねられ、この世を去ったのである。三十六歳の早すぎる死であった。久美子を撥ねた車に乗っていた男は、業務上過失致死罪で、その場で逮捕された。一人娘を失ってしまった。 源次郎と登美子は、病院の安置室で泣き崩れていた。裕一も海外の出張から帰って、病院へ駆けつけた。変わり果てた、妹の姿を見た裕一は、呆然としていた。久美子の遺体は、病院から無言の帰宅となった。久美子が無くなった事を知った近所の人達も、笹山の家に駆けつけ、久美子の遺体に手を合わせていた。 無事、葬儀も終えて、親族達も笹山の家を後に、帰路についた。源次郎と登美子と裕一は久美子の死を受け入れる事が出来なかった。 秋も終わりの出来事だった。 源次郎達は、娘のいない、クリスマスを迎えた。源次郎と登美子の二人は、一年前のクリスマスに、娘に貰ったプレゼントを見つめて涙ぐんでいた。一方、裕一はクリスマスどころではない、完成間近のビルの工事が最終段階に入っていた。年明けには引き渡しをする事になっていた。裕一の会社も、年末年始の休みに入った。年の暮れに、裕一は源次郎に交際している女性がいる事を話したのである。 名前は、朝倉真奈美である。源次郎と真奈美が、一年後に会う事など思ってもいなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年06月12日 23時31分42秒
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