『逃亡者』中村 文則
壮大で非常に重く深い内容です。初めての作家さんです。村上春樹を思い起こすような文体で、読みづらいという程ではないけれど、宗教という目に見えないものを描いているからかな、と思います。フィリピンで発見されたトランペット。「鈴木」という日本兵がが演奏し、日本人だけでなく現地人や敵兵までも魅了したというトランペットを巡って、歴史が遡っていく。キリシタン禁止令が出され、多くの殉教者をだした、戦国から江戸初期。幕末、長崎にフランス人教会が建てられ、潜伏キリシタンの存在が世界中に明らかになったが、明治になっても弾圧が続き、殉教者が出た。明治4年政府は禁止令を廃止し、信教の自由を認めた。これによって何が変わったか?「何も変わらなかった」・・・神はいつの時代も沈黙し続けてきた。文中に「公正世界仮説」という言葉がある。確かに、世界は公正で安全であって、正義が勝ち、努力は報われ、悪は罰せられる世の中であってほしい。だが、世界には宗教や思想の違いがあり、自分たちが正義で正しく、善であると信じると、他方の人たちは間違っていて悪であり、罰せられなければならない、とういうことになる。だから戦争で人を殺しても正義になってしまう。殺人は犯罪なのに。差別も分断も決して無くならない。人間は奇跡的に地球に生まれてきただけで、この星のすべてのものに生かされている。「虫は生まれて子孫を残して死んでいく」人間もそうであったらいいのにね。逃亡者 [ 中村 文則 ]