転機
9月20日義父死去修復不可能な深い溝のある義父との関係のなか聞きたかった言葉、しておいてほしかったこと望んだわずかな期待も空しく義父への深い憎しみを抱えたまま残された諸問題の大きさに悲観しながら・・・もしも、自分が余命数か月と知らされたなら私ならどうするだろうまず、余命は自分で決める、もっともっと生きる、病気なんか吹き飛ばす!と強い意志を持ち、頑張ろうと思う。そして、もしもの時のために、残された家族に迷惑をかけないようできる限りのことをしておきたいと思う。それから、お世話になった人たちに感謝の気持ちを伝え迷惑をかけた人がいたら詫びたいと思う。義父は何を思って過ごしていたのだろう。一度だけ見舞いに行ったときには、夫と他愛のない話をしていた。私は押し黙ったまま、もっと他に話すべきこと、すべきことがあるのではないかと思っていた。義父が亡くなり、悲しいという気持ちはなかったけれど人が死に骨となるまでに立ち会うと、生死というものについて考えされられ、何ともいえない気持ちになります。通夜葬儀における人間関係の縮図や、親戚間の微妙な空気を感じながら、人として生きる難しさ、人としていかに生きるかということも考えさせられました。かつて義父や義母、義妹たちに抱いていた怒りや憎悪の気持ちは少し和らぎ、変化しつつあり、身近な人の死というのは偉大な力があるというか、人が変わる変われる機会でもあるのかなと。そのきっかけをくれたことには義父に感謝しています。人は一人で誕生し、たくさんの人の力を借りて生き最後は一人で死んでいく。とても深い意味があるように思います。残された家族が、何を思いどう生きていくかで、また変わってくると思います。人それぞれ違う考えのもと生きている中で、大切なのは話をすること、分かり合えなくても話し合いをし相手の気持ちを知ること。これが欠けていたのかなと思います。理解できないものには理解できないまま受け入れる、それくらいの度量がもてたらと思います。先入観や思い込みをなくし、誰にでも素直な目と心で優しい気持ちで接するようにしたいと、相手のことを知ろうとする気持ち自分のことを知ってもらう努力をしなければと誰しも明日生きている保障などなく、毎日を大切にしなければといろいろと思い反省もしました。葬儀を終え、葬儀費用や、お寺へのお礼の高額さに驚きつつ将来への不安も感じながら、人が死ぬということはいろいろな意味で、たいへんなことだなと思いますが人生について考えることのできる貴重な時でもあると思います。人生設計の中の大きな夢・希望を、夫の家族たちに奪われたことに変わりはないけれど、気持ち新たに、義父の残した負の遺産と向き合いながらも前向きに、自分たちにとっての幸せも考えながら、人として、より良く生きる道を探していけたらと思います。初七日を終え、義父の冥福を心から祈っています。とはいうもののなるべく考えないようにしてきた夫の家族たちとの出来事を少しずつ思い出していると、改めて怒りの感情がわいてきて決心が揺らいだりもします。この先はこうしようと決めても過去のわだかまりは消せない自分。弱いな~、辛いな~と思うけれど、ちゃんと先に進むために、ひとつずつ思い出し、改めて考えなおして心の整理をしていきたいと思います。