猪子寿之
小学生の頃、夢を問われたら(親の後を継ぐから)「将来は歯科大学に行く」と答える子供だった。それが中学生になると、「日本を再生しろ」という『電波』が来たから考えは変わったという。その『電波』とは何か。書物か人物か何かの影響を受けたに違いない。尋ねると彼は言った。 猪子 「電波―――来ない??」 桜子 「来ないです(キッパリ)」 猪子 「あ、そ。不感症?」 チームラボの人も同行のASCII.jp編集部も笑っている。いかん。真面目なことを聞きたいのに。(性格が)変わっていると言わるだろうと突っ込んだが、「いや、僕、結構まっとうです(笑)電波が来ちゃった。だからしょうがない」と、にべもない。 猪子 「根拠のない使命感に駆り立てられて何かに打ち込んでいる人達っているでしょ。ノブレスオブリージュ(注1)の一種じゃない?そんな感じです、ホントは」 自分自身は夢や願望がなかったと言う。幾つか質問を投げたが、やはりきっかけは何もないという。 猪子 「でも、時代だったのかもしれない」 東大へ行こう! 猪子氏は、現在一人暮らし。テレビは見ないし、新聞もとっていなければ、Webでニュースも読まず、社会の情報にはあまり興味がないという。ただ、そうはいっても情報は入る。『電波』が来た中学当時は、バブル崩壊のときで、実家暮らしだった。テレビから流れてくる情報や、そういった空気が自分を導いたのかもしれない、そう話した。 猪子 夢がある人たちをむしろ、馬鹿なんじゃないかな、とホントは思ってた。サッカー選手になりたいって子がいたら、馬鹿じゃん、なれるわけないじゃんって。花屋になりたいって女の子は言うじゃん?でも、なれるわけない 桜子 お花屋さんなら、なれる確率高いじゃないですか! 猪子 花屋になってもしょうがないじゃん 桜子 え~!? じゃあ、何になるとしょうがあるの? 猪子 ない!!(キッパリ) ないから、単純に親の後を継ぐ。そしたらラクチンじゃん 猪子氏のお父様は歯科医だ。でも彼はそのラクチンを選ばなかった。彼の言う『電波』を私流に解釈すれば、要するに何かを強烈に感じたことの例えだ。実際は面倒臭かった。でもある日、日本の未来に危機感を抱き、自分は何かをやらなくてはならない、と脅迫概念に近い使命感に襲われた。だから夢なんかじゃなくて嫌々決めた。そう真顔で話した。 逆玉の輿を狙って東大を目指す 電波が来て何かやらなくてはと思うが、何から手をつけたらいいか分からない。政治家、官僚、一流企業、いずれもトップは東大出身者が多い。当時たまたま一流企業のトップが東大卒の婿養子という記事を目にし、東大進学を志す。逆玉(の輿)を狙おう、と決意した。 「時代が変わるから価値観とか全部変わるわけじゃん」 猪子 けっこうリアルに思っていて、(本当に逆玉にのるならその前に)好きな人と一緒に住んだ経験がないのは寂しいなと。だから先に経験しようと受験中付き合っていた子に『大学は東京にしよう。卒業したら逆玉しないといけないから』と言って。 実際、東大に合格する。彼女とは予定通り同棲生活を始めたが、実は上京寸前にNHKの報道でインターネットを知り、大変な衝撃を受け、時代が変わることを強く確信し、逆玉嗜好の考え方は一変した。 猪子 時代が変わるから価値観とか全部変わるわけじゃん。古い価値観がひっくりかえるから、幕末に徳川幕府に嫁入りしてもしょうがないでしょ。だから逆玉にも興味なくなって その後彼女とどうなったのかは秘密だが、彼が次に考えたことは何だったのか。 猪子 日本は、産業革命後に競争力のある自動車や鉄鋼が売れて豊かになった。テクノロジーオリエンテッド(technology-oriented)の何らかのアーキテクトが売れたから豊かになった。それが今後、情報化産業中心になっていくと思われる世界で、誰かがそういうことにコミットしていかないと社会全体が豊かじゃなくなる。それは嫌だなと 自分が60歳になったときに社会全体が豊かでヤッホー! と叫べる環境がいい。隣で誰かが死ぬのはつまらない。「別にそんなに綺麗ごとじゃない。もしかしたら(選択肢は)他にもいっぱいあったのかもしれないけど」、そう呟いた。 好きな仲間と共にいるために、起業 猪子 幸福ってシンプルな構造で出来ていて、目的を自分の好きな人達と共有して、その目的に向かうプロセスを共有している瞬間を人は幸福だと感じるわけ。下世話な話、先進国になればなるほど幸福度って下がるのね。それってなぜかと言うと、途上国の村で明日食う肉がないとなったら、例えば皆で鹿を取りにいくでしょ。全員で『鹿を取るぞー!オー!』『鹿、取れたー!』みたいに目的が全員に強制で共有されるわけ。(その一方で)発展した都市は目的が比較的自由だから、単なる幸福感というのは少し得られにくくなっているんだよね 「人生のほとんどの時間は仕事だから、仲間と楽しくできたらいいかな」 猪子氏は、親しい仲間と大学卒業間際に起業した。 猪子 本来、目的があってそれを達成するために手段がある。普通は、その手段を最適化するんだけど、最適化よりもそこに向かうプロセスを楽しくするほうがいいじゃん。人生のほとんどの時間は仕事だから、仲間と楽しくできたらいいかなって。好きな仲間達と一緒にいるために、じゃあ、仲間達と共に新しい価値を生み続けて世の中のヒントになるようなことを提案し続けられる会社になれたらいいなと思って、チームラボを作ったの 桜子 怖くなかったですか。最初に好きな人たちと起業することって?途中で喧嘩したり、いずれは離れることもあるかもしれない 猪子 でもさ、もし一緒に仕事しなければ仲間とはどっちにしろ別れる。親父を見ていても、学生時代の親友といつまでも一緒にいるわけじゃないし 社内には、中高一緒だった創業時からの社員もいるという。よっぽどいいお友達に出会えたんですね、と言うと、猪子氏はちょっと返答に窮して笑った。 猪子 だって、永遠の17歳だから。……男の子はね、みんなそうだよね 一週間休みが取れたらしたいこと 猪子 北欧に行きたいね 桜子 行って何をしたいですか 猪子 見てきたい。ある種の、世界で最もうまくいっている国だよね。近現代、テクノロジーの競争力やデザイン、音楽といった文化の競争力もある。富裕層も貧困層もないし、一人当たりのGDPは日本より遥かに高く、この10年ずっと上位にランキングされていて、素晴らしい。実は企業でも国でも個人でも同じなんだけど、豊かさというのはキャッシュフローがプラスになることであると定義した場合、4つぐらいしか方法がないんだよね。1 利益を上げる 2 借りる 3 出資される 4 略奪するアメリカなんて、一人当たりのGDPがそこそこあったとしても貿易赤字なの 桜子 なぜアメリカは豊かなんでしょうね 猪子 それは借りまくってる、出資されまくってる、略奪されまくってる、だからでしょ!? 多くの国から借りているし、日本という一国を考えても借りた額はありえない額。しかも、一回も返したことがないからね。クリントン政権のときは、出資される政策をとって世界で最もシリコンバレーに金が集まった、といわれているんだけど、そのほころびが一部表立ったのがエンロンだった。じゃあ日本はさ、それで、そのモデルを見習えるか、といったら出来ないわけですよ。略奪できません、将来性がない国に出資は集まりません、借り入れはできません。唯一、「利益を上げる」しかなくて、だからアメリカの経営を見習ってもしょうがない。MBAとか習っても馬鹿なんじゃないかと思って。略奪する気があったらいいけど、できないのに。だからアメリカのような国へ出かけるより北欧へ行きたいんだよね