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カテゴリ:中国留学の思い出
「食べ物どうしよう?」と相談に行った
旧正月休みにも寮に残っていた留学生仲間の団長とMさんのところで 「明後日H先生宅(実家)に行くけど一緒に行く?」 と誘われました。 H先生とは二胡を教わっている、あのH先生で、開封に帰省されていているとのこと。 「行く!行く!」 知らない相手じゃないし、寮にぽつんと残るのも嫌だから即答したけれど 急に人数増えて迷惑じゃないかな?…中国だから大丈夫でしょう。 (こういう点、日本と違って寛大です。逆にこちらで招待の場合は訳の分からない人が増えて「?!」って場合がありますが(^^ゞ) 余談・この日のお食事… 昼:インスタントラーメンとお菓子の残りとビタミン剤。 夜:コンソメの出し汁に戻した春雨のスープ風、チョコレートの残りとビタミン剤。 翌々日、バスで開封へ向かい、お宅に到着するとご家族で笑顔で迎えてくれました。 きちんとしたご家庭で、出してくださったお菓子をいただいたりして出たゴミは 即、片づけてきれいなテーブルに。 中国では食べ散らかしてかまわないと聞いていたし、実際その通りだったし、 妙齢の女性でさえ、自宅でミカンを食べて口に残った袋部分を床に吐き出したりしていたので 意外な気がしました。Mさんに日本語で(H家の方々に日本語が通じないから言えた失礼ですが) 「す、すごい、きれいにしてる!」 と、言ったらMさんは 「モンゴル族だからさ。散らかしたりするのは○○民族だよ。」 そういえば以前先生に無遠慮に民族のことを聞いてしまったことがありました。 古都・開封の出身だと知って「都の人ですね。」的な褒め言葉を言おうと思ったら 元々は違う場所にいて、移ってきたという話を聞いた時でした。 移ってきた時期「清朝のころ」との答えを聞いて、 またカルチャーショックを感じたのも思い出しました。 自分の中の時代の区分けが「西暦」または「昭和や平成などの年号」だけだったことに 気がついて、日本人を意識したからです。 さて、お菓子だけでなく食事もいただきました。 店が営業していない時期なのにこんなに出して下さって申し訳ないと言うと 「買い置きしてあるから大丈夫よ。」とお母様。 冷蔵庫もない時代だったので、たくさんの食材をどう保存するのか質問したら、 「外に置いておけばいいのよ。」 生活の知恵、天然の冷蔵庫でした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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