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カテゴリ:左右の話
昨日の続きですが…その3…ではなく題名をちょっと変えました。
斎藤一=藤田五郎で維新後に警視庁や学校の先生を勤めたとしたら、 (斎藤一・ウィキペディア→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E4%B8%80)※リンクが上手く貼れないので 素朴な疑問がいくつか出てきます。 学校では剣道部の師範だったそうですが 先生として板書をする機会はあったのだろうか? (今でさえ「書くのは右に限る」と主張する化石頭(失礼(^^ゞ)な方もいるのに 当時なんて先生が左手で黒板に書いたら大騒動では?) 警視庁勤めも、 今の警察官も拳銃を下げるのは利き手に関わらず右側と決まっているそうですが、 特例で左側に下げるのを許されたとか、 他に合わせて右にするのを受け入れたとかは 考えにくい気がするのですが…? とすると藤田五郎は斎藤一と別人か、 同一人物だとしても左利きではなかった、 或いは左利きでも右使いが可能で、 ここぞという時だけ左使いをした? そうなると「刀の右差し」もどうかな?という気がしてきます。 刀を右に差してしまったら 当時の常識が何であれ、物理的には左手で扱うのは見え見えで 左での不意打ちのような技がウリになるのでしょうか? (もっとも私が自転車店で修理を頼んだ時も、スタンド右ロック明らかなのに 受け渡しの際右側を塞がれたりしますから、人間って案外見ていない?・笑) …で、やっぱり考えてしまったのは、 斎藤一って右乗り?(笑) 警官といえば白バイ、はさすがに当時は無いでしょうが、 自転車に乗ってパトロール?は時代的に微妙…? (英国の警察は1896年から自転車でパトロールを始めたそうです。) 刀を右差しだったら右乗りでしょうね。 左側に差したら、自転車を左足でまたぐのに邪魔なので。 刀を差したら自転車には乗らない?(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年11月27日 14時13分49秒
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