Aは淳君と彩花さん以外にも数名をつけまわしたり、暴行事件を起こしたりした。不幸にも殺害されてしまった2人に関する著書が父親・母親の手によって出されており、そこから伝わってくるのは淳君と彩花さんのたいへん無垢な部分である。両家とも実にお子さんを大事に育てておられ、どうしてこんな立派なご両親とその子供たちがつらい目にあわされることになってしまったのか、憤りを感じる。Aが無垢な子供を狙うこと意識していたかどうかはわからないが、恐らく無意識であっても、結果的にあの2人をAが選んでしまったのではないかと私には思われる。Aは無垢に憧れると同時に、無垢を拒絶し、恐れていたのではないだろうか。
淳君と彩花さんの生前の様子が綴られた手記を読んでいると本当に心が痛む。事件以来のご両親の苦しみや悲しみに関することも、安易に語ることは避けなければならない気がしてしまう。
彩花へ
さて、彩花さんの母親である山下京子さんは、手記の中で下記ようなことを書いておられる。Aに宛てて書かれた文章という体裁で、
「Aに対する憎しみはあるが、同時にAを更生させてやりたいと願う気持ちがある」
「もし私がAの母親であるならば・・・真っ先に、思い切り抱きしめて、ともに泣きたい。言葉はなくとも、一緒に苦しみたい」
※かなり要約しています。もし全文を読みたい方は、「彩花へ、『生きる力』をありがとう」を読むか、ネット
http://books.google.co.jp/books
で「山下京子」をキーワードに探してみてください。「少年事件」という本でこの文章を全文引用しているのが見られます。
少々不思議な気持ちになる文章ではあるが、お子さんを亡くされた山下さんは、身を切られるような苦しみを引きずりながらも、心の中に浮かんでは消える複雑な想いを率直に書きとめられたのであると思う。
山下さんはこの事件に関して3冊の本を出しておられ、AやAの両親とも粘り強く接触を取っておられるようである。山下さんは単に民事上の賠償問題(実際、こういった事件に巻き込まれて十分な賠償を得られることは難しいようだ)という枠組みの中ではなく、この事件の当事者として、事件の闇との戦いを続けておられるのだと思う。
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神戸新聞NEWSより
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001767924.shtml
加害男性、山下さんへ5通目の手紙 神戸連続児童殺傷事件
一九九七年に起きた神戸市須磨区の連続児童殺傷事件で当時十四歳だった加害男性(26)が、殺害した山下彩花ちゃん=当時(10)=の十三回忌の二十三日を前に、遺族に謝罪の手紙を送っていたことが分かった。男性は二〇〇五年に医療少年院を退院。手紙は昨年三月以来で、〇四年の仮退院中を含め五通目となる。
彩花ちゃんの両親の賢治さん(60)と京子さん(53)は十九日、神戸市内で加害男性の両親、代理人と面会。男性直筆の手紙を手渡されたという。
京子さんによると、手紙は横書きの便せん三枚にペンで書かれ、具体的な生活状況には触れられていない。「(男性の)周りに逆境の中で精いっぱい生きる人がいて、自分も現実に向き合わなければならないと思っているようだ。これまでの手紙は無機質な印象があったが、今回は確かに生身の人間が書いていると思えた」としている。
京子さんは、男性あてに初めて「償うとはどういうことか考えてほしい」という内容の手紙を書き、代理人に託した。男性からの手紙を読んだ上で神戸新聞社に手記を寄せ、「人の心は、人の心でしか動かすことはできない」などと思いを打ち明けた。
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淳君の父親、土師守さんも、事件のダメージに苦しみながらも犯罪被害者遺族の会である「あすの会」の幹部として、犯罪被害者等基本法の制定に尽力されるなど、実に真摯に社会に向き合いながら活動をしておられる。土師守さんも山下京子さんも、実に思慮深く、真面目であり、がまん強い方々である。
真面目に生きておられる被害者のご家族と、真面目ではあるがどこかがずれているAの両親。その点だけでも十分にこの事件は暗示的・象徴的であるように思う。
私たちは実に短い期間で実に急激に、宗教を放り出し、地域が保っていた道徳律が機能していないことを気に留めず、学校にダメ出しをして、家族は孤立し、メディアに犯され、生や死を隠ぺいしてしまった。長い時間をかけて培ってきた社会を維持するための重要なバランサー(宗教・地域・学校・家族)を成り行きで手放してしまった挙句に、それらにとって代わるものを提案できていないまま、ずるずると後退をし続けている。
亡くなられた淳君と彩花さんに対してはご冥福をお祈りするばかりだし、未だ心の傷の癒えないご家族に対しても、届かぬエールを送るぐらいしか、できることはない。先日も大阪で小学生女児が母と内縁の夫らに殺害された。相変わらず奇妙な事件が続いており、教師としても大人の一員としても、心が痛い。私にできることなど、何もないに等しく、とりあえず自分の狭い守備範囲での仕事や大人としての使命に誠実に取り組んでいくのが精一杯である。
忙しいことも手伝って、このブログも1か月以上沈黙してしまった。十数年間心のどこかでくすぶり続けていたこの事件を引っ張り出して長々と「だからどうする」という自らの問いかけに答えようとしてみたが、結局、まともに答えることはできなかった。
確か、村上春樹が小説の中の登場人物に「大切なのは、忘れないことだ」と言わせていたように思う(多分失われた恋人に関係するセリフだったように記憶しているが、それだけの意味ではないだろう)。この事件だけを、というわけではないが、この事件を象徴的に心のどこかにくすぶらせておこうと思う。忘れずにいようと思う。
文章を書くことは自分との対話でもある。自分とだらだらと話し合いながらここに書いた文章が誰かの目にとまり、たとえ一人でも、一緒に考えていただく機会を少しでも得ることができたなら、それでいいだろうと思う。
次回からはこのブログに書きたかった課題のひとつ、家族問題に触れていくことにしたい。