前回のエントリーに引き続き、映画「今度は愛妻家」についてです。
映画の主演は薬師丸ひろ子と豊川悦司、どちらも40代、監督の行定勲も40歳台になったところぐらいでしょうか。
主演2人は80年代に絶大な人気を集めた元アイドルと、90年代にブレイクしたモテモテ男優です。2人とも離婚歴があり、それほどプライベートは知られていません。
薬師丸ひろ子さんについては詳しいわけではないし、80年代の映画はあまり見ておらず、マイアイドルというわけでもありませんが・・・。はた目から見ても絶好調であった1980年代に比べて1990年代にはやや活躍の場がなかったように思えます。多分根がまじめな方みたいで、芸能界で色香を振りまきながら30歳台を過ごすにはちょっと不向きだったのかもしれません。
彼女が再び脚光を浴び始めるのは、2000年代に入ってからです。母親役が当たった「Always3丁目の夕日」や「1リットルの涙」、すっトボケた教師役の「うた魂」など、おそらく彼女の人間性に近い役柄が回ってくるようになったのだと思います。
豊川悦司は今回の映画で軽~いカメラマンの夫役を演じています。彼が絶妙な演技で「まじめな薬師丸ひろ子」を支えているのも印象に残りました。彼は最近では「20世紀少年」にも出演しており、この映画も人間のつながりに対しての問いかけをしているような部分がありました。「フラガールズ」にも出ていました。
豊川悦司をはじめ、1960年代生まれの唐沢寿明、堤真一、佐藤浩市、渡辺謙(は50年代かも)、真田広之、本木雅弘・・・。このところ彼らが関わっている映画やは明らかに単なるエンターテェイメントではなくなってきています。
彼らは軽い時代を芸能界で過ごし、走り抜けてきて、「免れ得ない軽さ」の中でもまれてきたのだろうと思います。下手をすればおチャラケ芸能人で終わってしまっていたかもしれないです。1960年代生まれは物心がついたときにはもう時代はすでに軽い方へ軽い方へ流れており、ブレてしまうことを余儀なくされていました。
そんな彼らが、若い世代と共演をしながら、少々地味な作品であっても生きることに向き合った質の高い作品づくりに関わろうとしている姿には、たいへん感銘を受けるところがあります。おそらく、彼らの作品選びには、何か「このままではまずいな」といった意識が働いているのではないかと思えます。
不惑の40と言われるものの、40を超えるとなんとなく心身に不安も募ってきます。1960年代生まれの人たち中に、何らかの共通した意識が持ち上がってきているような気がします。
松田勇作、萩原健一、水谷豊、武田哲也、中村雅俊といった戦後生まれ世代には伝説的な超ド級の当たり役があって、栄華を極めたという面々が多いです。1960年代生まれ世代はこの人たちとはまた違った動きをしています。
それぞれの世代に、世代責任というものがあると思います。多分、1960年代生まれには、世代責任を感じることができる感性がぎりぎり残っていると思います。映画の世界だけではなく、1960年代生まれが背負っている責任は重いのではないでしょうか。
人口的に多数を占めて好きなことばかりして突っ走ってばかりの50代60代にあきれ、バラバラでついてこない30代20代に閉口し、軽くて中途半端な自分たち40代を苦々しく思い・・・・・
それでも、なんとかして、次の世代へと、つないでいく世代責任が、1960年代生まれにはあるのではと思っています。
えー、話を戻して(笑)・・・
今回の映画鑑賞をきっかけにざっとネットで薬師丸ひろ子のWORKSを改めて眺めてみたのですが、彼女のブレの少なさには、感心させられました。ブレの巣窟のような芸能界の中で、これだけブレずにやってきた強さは、すごいです。したたかで、しなやかな人だったんだと改めて思わされています。
豊川悦司をして、「映画の中とはいえ、(薬師丸さんを)呼び捨てにするのはしのびない」(大意)と言わしめる彼女。
ネタばれはまずいので、あまり詳しいことは書けないですが、
薬師丸ひろ子、「今度は愛妻家」、グッドジョブです。素晴らしい映画です。