テーマ:ゲーム開発者日記(457)
カテゴリ:小話
”くそゲー”と呼ばれるゲームが存在します。
ゲーム発売後には、製作者も、この烙印を押されないか戦々恐々としています。 ユーザーの皆さんも、この”くそゲー”に出会って怒りを感じた事もあるでしょう。 さて、この”くそゲー”ですが、ゲーム業界に必要でしょうか? 全てのゲームが完成された面白いゲームという状況は素晴らしい状況であると言えます。 然し、私としては、時には、 このような物もゲーム産業には必要では無いかと考えています。 過去、ゲームにおける草創期には愛すべき”くそゲー”が存在しました。 振り返って、今はどうでしょうか? 確かに、今も変わらずに存在はしております。 然し、そのくそゲーは単純に面白くないゲームでしかありません。 愛す事の出来ない”くそゲー”となってしまっているわけです。 ゲームという物も時代を経て、ゲームとしての文法が確立されてまいりました。 それは、どのゲームであれ、一定以上の面白さを提供する事が容易になった事を意味します。 但し、それは、愛すべき”くそゲー”が誕生する機会を失ってしまったと言えるのではないでしょうか? 現在は、中途半端に面白く無いゲームは数多くあれこそ、 悪い意味で極めたゲームという物は存在しなくなってしまいました。 ゲームの技術、文法が確立した今だからこそ、 愛すべき”くそゲー”が再び生まれる事が必要なのではないでしょうか? ただの”くそゲー”はゲーム業界には必要ありません。 何事も中途半端が一番、いけない事です。 ”くそゲー”を作るなら志を持って、”くそゲー”を作れという事です。 私も、稀に意図的に”くそゲー”を作りたくなります・・・ 勿論、会社側はそんな事は許すわけもありません。 時間があれば、作ってフリーで配る等したいですね。 (くそゲーでは、お金を取ってはいけませんよね・・・) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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