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2005年06月29日
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To: ??????@s5.dion.ne.jp>
Sent: Wednesday, June 29, 2005 10:04 AM
Subject: 29日の日記



聖心の講義を終えて、昼飯がてら銀座に出た。

いつもは避けて通るのに、ヤマハの前に差し掛かると今日はどうしても店に入ってみたくなった。

地下の楽譜売り場に下りてみた。

バルトークの「中国の不思議な役人」のピアノソロ用にアレンジされたものが欲しかったが、在庫切れだった。

あれば七・八千円のはずだ。しかしなぜか在庫切れと聞いてほっとした。

最後まで弾き通せるかどうか自信のない楽譜に投ずる金額として、今の僕には高すぎるのではないか、そんな気がしていたのも事実だ。

オーストリアから取り寄せましょうか、と係の女性は聞いてくれたのだが、それを断った。

そこで話を打ち切れば良かったのだが、ふと武満徹の「死んだ男の残したものは」はありますか、という質問を口にしてしまった。

タイトルのおどろおどろしさはやや抵抗があるが、不思議な和声の豊かな響きを、いつかパイプオルガンで弾いてみたいと思っていた曲ではある。

でもどうしてとっさに口からこんな言葉が出たのだろう。

係の人は混声合唱用とピアノ伴奏譜のついた独唱用があると即答し、さっと二種類を出してくれた。ご不要でしたらこの棚において下さいという言葉を鄭重に添えて、彼女はカウンターに戻った。

どちらも捨てがたいものだった。今すぐ帰宅して弾けるという意味なら独唱用がふさわしいし、将来オルガンで弾くためなら混声合唱用からアレンジして手鍵盤二段と足鍵盤に分けたほうが色彩感に満ちた音色になる。

二冊で七千円ちょっと。さんざんためらった。

バルトークの楽譜があれば同じ位の金額だったはずなのだが、在庫切れと聞いた瞬間、どこかで「あしなが」への寄付金が増やせる、という気持ちが起きていた。なんだかこの出費は奨学生に申し訳ないような気もした。別にだれと約束した訳ではないけれど・・・。

結局買うことにしたのは、暮れに下着を買った以外、自分のための買い物はこの一年近くしていなかったな、という言い訳を思いついたからではある。

ともあれ購入して、早速電車の中で譜読みを始めた。

谷川俊太郎の詩を実は二番までしか知らなかった。

三番の歌詞が目に入った瞬間、グサッと刺さるものを感じた。菅原伝授手習鑑の寺子屋のように、フィクションでも子供の死ぬ場面は苦手なのだ。

買ったことを後悔しはじめた。他のページを繰ってみた。

大竹伸朗の美しい挿画がたくさん入っていて、少しだけ救われた気がした。

絵を探しているうちにまた「死んだ男」の最後にきてしまったが、歌詞は六番になっていた。

そこには「輝く今日とまた来る明日」の文字が躍っていた。

欝になって以来、馬鹿な所業で大事な大事なアンカーを壊してしまったことばかり悔んでいたが、どうせ修復不能なアンカーなら、そのアンカーと一緒に僕自身も殺してしまえば済む話だった。

禅の世界ではしょっちゅう大死一番という言葉が出てくる。

そうだ、生まれなおせば良い。輝く今日とまた来る明日を信じて。

死んだ男の残したものは
一人の妻と一人の子供
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは
しおれた花と一人の子供
他には何も残さなかった
着物一枚残さなかった

死んだ子供の残したものは
ねじれた足とかわいた涙
他には何も残さなかった
思い出一つ残さなかった

死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残さなかった
平和ひとつ残せなかった

死んだ彼らの残したものは
生きてる私 生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来る明日
他には何も残っていない
他には何も残っていない





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最終更新日  2005年06月30日 05時24分45秒
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