中東レポート・キプロス編の続き。
南側の検問所近くのビルの有料展望台から見える北キプロス側の景色をアップ。山肌にトルコと北キプロスの国旗が刻まれています。分断国家というのは、北朝鮮なんかもそうですが、こういう自然の上に無理に人為的なものを作るところは共通なんですかね。南北キプロスの場合は南北朝鮮と違ってイデオロギー的な対立はないはずなんですが。。
同じ展望台から近場の景色。方角がどっちだったか忘れました。。
昔のキプロスの景色の数々。大学のときに実は古典ギリシャ語の単位はとったのですが、現代ギリシャ語は未開拓。左はたぶん英語にするとOld Ledras(Ledrasというのはこのあたりの地名)かと。
改めてキプロス全体の地図。中央やや北寄りの白くなっているところが今いるレフコシア(ニコシア)。
西方向の景色の説明。
これがその方向の景色。このあたりは旧市街なので高い建物があまりないですが、南側のレフコシアの新市街はこの左側の方に広がっていて、それなりに高いビルもありました。
たぶん南の方向。
眼下のアーケード。
これは北キプロス側のモスク。このあとに立ち寄ります。
展望台ビルにあった旧市街の地図。北側には「トルコ占領地域」とあり、こういうのをみると分断されていることがよくわかります。キプロスはEU加盟国、トルコもEU加盟を前から申請中。仮にトルコがEUに入ったら、その時点で北キプロスは存在意義がなくなるので、消滅するのかもしれませんね。
さて、南側にある博物館に行ってみることにしました。このトンネルはその途中に通ったものですが、相当古そう。
11:39キプロス考古学博物館にやってきました。くそ暑かったのでどこか涼しいところに入りたかったこともありますが。。
キプロスの歴史は相当古く、世界史などでもギリシャ文明のところからすでに登場しますが、古いものでは紀元前7000年くらいの旧石器時代のものもあります。ただ、相当量が海外に流出してしまっているそうです。
ギリシャ彫刻のようなものが豊富にあります。
これは紀元前1000年くらいですね。でもあまり古さを感じさせません。
博物館を出てもう1か所くらい歴史的建造物を見に行こうと思いましたが、さすがに暑さで疲れてきたので検問所近くで一休みすることにしました。地元のビールはうまかったです。
さらに別の店でアイスをいただきました。欧州は全体的にそうですが、くそ暑くても屋内の冷房の効いた席をとらずに、屋外の席を選ぶ人が多いですね。私の場合はモクのために屋外の席に座っていますけど。。
再び検問所にやって来ました。これから南側の検問所を抜けて、北キプロスに戻ります。
この部分はちょうど南側の検問所と北側の検問所の間、緩衝地域の部分になります。
ここは国連軍のバッファーゾーンと書いてあります。このゾーンの建物はすべてこのように閉鎖されています。74年以降こんな感じなんでしょうね。かつてベルリンにあった壁の周辺もこんな雰囲気だったんでしょうか。
北側の検問所に向かって歩いていきます。分断とはいっても、とてものんびりしていて、全く緊張感はありません。
北側の検問所に着きました。それを示すように言語の順番もトルコ語・英語・ギリシャ語の順に変わりました。
北キプロスに戻って来ました。徒歩で渡る国境、いいですね。写真は南側を臨んでいます。
次に北側旧市街にあるモスクへ。
セリミエ・ジャーミーという名前のモスク。14世紀初めにに完成したという古いもの。日本でいえば鎌倉時代ですね。
全体が入りきらないので2枚に。
これをみるともともとはキリスト教の大聖堂だったようです。
中はこんな感じで白が基調。
ゴシック様式ということだそうです。
これがあるとやはりイスラムですね。このあとはまだまだ帰りの飛行機まで時間があるので、北キプロスの北側で地中海に面しているギルネという街に思いつきで行くことにしました。続きはまた。。