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テーマ:海外旅行(7476)
カテゴリ:欧州遠征
欧州レポート(13)、18日(月)の夜、パスポート盗難後、盗難証明をもらいに警察に行ったものの、対応できる人がいなくて空振り。意気消沈しつつゲストハウスへ戻りました。 ただ、盗難証明は何とかなりそうなことがわかったので、めげずに次はザグレブまでの足の確保。最初Expediaでフライトの有無を見てみたら全然なさそうだったので、長距離バスをガイドブック等でみてみるとドブロブニクから11時間!何日もここドブロブニクで足止めになり、会社や実家にも迷惑をかけるのではないかと悪い結末になることが頭をよぎりました。気を取り直してネットでクロアチア航空のサイトをみてみると、20日のザグレブ行きフライトが一席残っていることがわかり早速予約(ザグレブの大使館近くのホテルも)。これで21日までにパスポート代わりの証明書が出れば、もとの予約したフライトは無駄になってしまいますが、その後別の経路(イスタンブール経由)で予定通り23日の朝に東京に着けそうです。あとは、戸籍謄本をどうするかですが、これが結構問題。大使館の方からは、原本でなくてもFAXで大使館宛に直接日本から送ってもらってもよい、と聞いたのですが、私の本籍地は品川区で実家の板橋区からは遠いのと、頼むのが80歳代後半の両親。とはいうもののほかに手段がないので、実家に電話し、翌日取りに行ってもらうことに。取れたら会社に速達で送って会社から大使館にFAXしてもらうよう、会社の同僚にも電話でお願いしつつ段取りをしました。 その日にできることはそれくらい。盗まれた自分の不注意さが悔しくてこの日の夜はなかなか眠れませんでした。。
翌朝(ここから19日(火))、早めに目が覚めました。警察に行く前に、ザグレブから先の代替フライトも調べておこうと思い、もともと帰路でローマ~チューリヒ~東京という形で予約していたので、ザグレブ~チューリヒ便はないかと調べると、ちょうど良いフライトがここでも1席残っていて早速予約。これであと警察の証明書と戸籍謄本を揃え大使館で手続きすると、何とか予定通りのフライトで東京に戻れます。もうこのあと予定していたローマはまた今度、ということで完全にあきらめ、ローマで2泊予約していたホテルをキャンセルしました。戸籍謄本も、すでに実家の両親が区役所で入手して帰って来たと電話で確認しました。ただ、実家の父は私の会社名(長い)や住所が書けそうもないので、買い物に出かけた母が戻ってくるタイミングで再度実家に電話することにしました。 これであとは警察に行くのみ。8時過ぎにタクシーで昨晩行ったドブロブニク警察署を再訪問。今度は話のわかる担当官がいたのですが、パスポートのコピーとかを持っていなかったので、ちょっと難儀しました。日本の運転免許証とツアー予約のバウチャーで何とか本人確認は事なきを得て、盗難証明を作成してもらいました。ちなみに作成には日本でいう収入印紙が必要で印紙は通りの反対側のキオスクで買えと案内されました。日本のかつての運転免許試験場のような感じ。盗難証明はクロアチア語でしたが、公印も押されたもの。私の生年月日、名前、盗難の経緯などが書いてあるようでした。 さて、これで書類が揃ったのですが、盗難証明はザグレブまでの国内線フライトに乗るときにとられてしまうかもしれないので、何枚かコピーをとっておこうと旧市街の城壁の西側にあるヒルトンホテルのビジネスセンターに立ち寄ることにしました。まず先に無料インターネットコーナーで、予約したザグレブ便のEチケットやホテルの確認書をプリントアウトしました。その後、盗難証明のコピーのため、ヒルトンのフロントでそれを渡すと・・・ 「あれ、もしかしてこのパスポートはあなたのですか?」 フロントの男性が不意にジッパー付ビニール袋に入ったパスポートと書類一式を見せてくれました。 「え?それ私のです!」 本当にびっくり。戻ってくることなどないと完全にあきらめていたので、信じられませんでした。まさに「ドブロブニクの奇跡」です! フロントのもう一名の女性の方の話によると、前の日の晩遅く、この袋を拾ってくれた方が、旧市街から最も近くにある外資系ホテルであるヒルトンのフロントまで届けてくれたとのこと。また、袋の中に私の宿泊先の確認書が入っていたので、それを見てホテルからもそこに電話してくれていたようです(ただし、夜遅かったのでゲストハウスのオーナーは電話に出ず、この日は私が警察に出かけたあとにヒルトンがゲストハウスに再度電話してくれたそうですが、私はつゆ知らず・・・)。袋の中のパスポートと書類は完全そのままで無事、ユーロのコインが抜き取られただけで実害はほとんどありませんでした。あの女の子たちは万引き感覚で袋を抜き取り、コインをせしめただけで残りはそのへんに投げ捨てたんでしょう。でも、完全な形で戻ってくるとは、さらにこんなに早く戻ってくるなど、夢にも思いませんでした。どこにも親切な方はおられるんだなあと実感しました(涙)。 ヒルトンのフロントの方々には丁重にお礼を伝え、すぐさま実家の両親と会社の同僚にも報告しました。実は年老いた両親に速達で会社に戸籍謄本を送ってもらうところが一番ボトルネックになっていたのですが、余計なご心配をおかけしてすみませんでした。。その後ゲストハウスに戻り(オーナーのじいさんがノー天気に「ヒルトンから電話あったよ」と言ってましたが)、予約したザグレブ行きやその先へのフライトやザグレブのホテルを急ぎネットと電話でキャンセルしました。一部はキャンセル料が出ましたがパスポートが見つかったご祝儀ということでよしとします。また、大使館の方にもご迷惑をおかけしたので顛末をすぐ電話で報告しました。この前のプサンでもそうでしたが、本当、いろいろな人に助けられて生きていることをまたまた改めて実感する次第です。 あとは予定どおりの旅程に戻りますが、ローマのホテルをキャンセルしてしまったので、再度Expediaで予約。結果的にはもともとこの日何も予定を入れておらず、予備日として余裕のある日程にしていたことが功を奏しました。 そんな、「ドブロブニクの奇跡」のお話でした。この経験が何かのお役に立てばと思い、ありのまま時系列に書いてみました。でも、皆さんもパスポート盗難には気を付けましょう。自分は旅慣れている方なこともあり、最近は油断が多かったので、初心に帰り今後はやはりパスポートのコピーは持っていこうと思います。それと、インターネットやスマホで効率的な対処ができましたが、これ昔のように何もない時代だったらどうなったんでしょう。ドブロブニクかザグレブで何日も留め置きになったかもしれません。。 一件落着したので、夕方まで一眠りしたあと、食事に旧市街へ。今度はパスポートは部屋に置いていくことに。 翌朝は4時起きなのでこれで就寝、激動の一日でしたが、思い出深いドブロブニク滞在となりました。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014.09.01 23:07:02
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