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カテゴリ:cocoro_no_cotoba
先週、二度ほど手を振ることがありました。
ひとつは試写会の開場を待つ長蛇の列の中で、後から来た友人に「ここにいるよ~」とアピールするために大きく手を振りました。あんなにぶんぶん手を振ったことがあっただろうか(笑)。 そしてもうひとつは両手に荷物を持ち、暑い中ヨレヨレになって歩いていたとき。追い越してゆく車から、誰にということもなく手を振っていた女の子と目が合いました。その寂しそうな目を見て思わず私は荷物を少し持ち上げながら手を振りました。そうしたらその女の子はハッとして、今度は私に手を振ってくれました。 まあ日常でも、小さく手を振ること位はあるけど、この出来事は何故か印象に残ったことだったのですが、それに意味付けすることもなくそのままになっていました。 で、金曜日。時々チェックする「水曜どうでしょう」公式サイトで「廊下の向こうから知った顔が現れると手を振ってしまう自分(がいる)」ことから五十近い男性である書き手がおばちゃん化していることを考察し「(寂しさをおぼえ)誰とでも仲良くしたいと素直に欲求できるようになるなら、歳をとるのは悪くない」という内容の日記がありました。 でね、色々といいことを書かれていて、その日記の主旨とは少し違ってしまうんですが、それを読んでこんなことを思ったんです。 発露が寂しさだったり、待ち合わせだったりするけど、自分の欲求に素直になること・「ここにいるよ」と表現することって大切だなあと。 「水曜どうでしょう」は、大泉洋さんと鈴井貴之さんの魅力もありますが、それを作っているスタッフさんとの関係とか空気感がとても良くて、しんどい時でもそのDVDを流して音声や映像を見聞きしていると、元気になれるので私にとってビタミン剤です ↓クイックジャパン「水曜どうでしょう」特集号 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.07.17 10:45:37
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