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カテゴリ:cocoro_no_cotoba
某楽器店主催の子供向けのピアノコンサートへ行った時、若手ピアニストの彼は数人の子供を指名して好きな音を聞いて、それを元に即興で演奏した。
最初のパターンでは「演歌だね(笑)」となりながらもジャズっぽく演歌っぽくない曲となった。次は「フランス風のロマンチックな」組合せ。なんとなく聴いていたのに涙腺が壊れて大変なことに(^_^;)。 きっと演奏者の何かしらの想いが伝わっての感動だと思うのですけど。 というのも、コンサートでの話ぶりからこのピアニストさんの魅力というか世界観がいい。 “「手が小さくてピアニストは無理」と何万回も言われまして”とか“騒ぐ位なら寝ていて下さい”というような毒舌ぶりとか。 そしてピアノを習っているであろう会場の子供達に“(音楽が何の役に立つのかと言われることもあるけど)音楽家というのは人々に夢や希望を持ってもらえる”と。きっと彼がそういう気持ちで演奏しているからこそ、聴く側にも伝わっているのだと思う。 で、ふと思った訳です。人間って宝箱という宇宙だなあと。 例えば提示された数音で即興で曲を奏でる…その為の知識やアイデア、表現する為の指の動き、その想い等の膨大なお宝を統合して、その身ひとつでこれだけのことが出来るんだと。 そしてきっと、どの人もそれぞれが違う宝箱で、それぞれ違うお宝を持っている。ただそれを眠らせていたり、埃まみれの状態なのか、輝かせようとしているかの違いだけで。埋蔵金のように掘り出される時期を待っているってもありかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.09.14 14:03:39
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