|
カテゴリ:コラム・えっせい
---続き-----
8つのベッドにそれぞれおばあさんが並んで座っているなんて、ちょっと恐ろしい光景です。 「カンゴフさんが車の付いた台で、ボールに入ったもんを運んで来てな、端っこのおばあさんの前でサジで掬って、口のとこへ「はい」と出す。おばあさんはアーンと口開ける、サジの中のもんを口へ入れる。すぐに隣のおばあさんとこへ行く。『はい』、アーン。すぐにまた隣へ行って『はい』。誰のお茶碗もサジもないねん。順番に口へ入れて行って、初めのおばあさんのとこへ戻る。エサやな。こっちにも同じ数のベッドがあって、やっぱりおばあさんが並んで座ってるねんで。お母ちゃんと隣の人は一人前のお膳持って来てくれたけど……お粥さん……(ああ、こんなんになったらあかんわ)思うて、二日目にお姉ちゃんに『帰る』言うた。ほんなら怒るねん。『帰ってどうするのん!? もうちょっと良うなるまでおらんとあかんわ』言うて……。そやから病院のつんつるてんの寝巻の上から自分の服を着て、エレベーターで一階へ降りて、そこにとまってたタクシに乗った。怒りながらお姉ちゃん追いかけて来て一緒に乗ったけど、家へ着くまでずーっと怒ってた。 家に着いて、ネマキ脱いで畳んで、『このネマキ持って行って私の荷物持って帰って。支払いもして来て』言うて5万円渡した。お姉ちゃんも仕様ないから、言うた通りにしてくれたけど、そんな病院もあるねんでェ。コワイやろ」 母の声は小さかったけれど、ほかのおばあさん達に食べさせていたナースには話が聞こえたかも知れません。 おばあさん達に早々と食事を終らせると、ナースは一斉にいなくなりました。母は戦前に住んでいた家の近所の話をしました。 「松原さんはお米屋の奥さんで、私と松原さんが婦人会の役員してた。○○さんと××さんと△△さんも婦人会。ほかに誰がおったかなあ。松原さんの隣は松本さんで、その隣が吉田はん。宮本はん、森さん。森さんはあとから来はってん。上田、砂田さん、イワモトさん、あっちの端っこは、忘れた。こっちは煙草屋、シモガイさん、村上さん……森さんのぼんさんの寮。加古川はん、加古川さん、日和佐はん、岡本さん、岡本のフクちゃんから手紙が来た、言うてたなあ。田舎にずっと暮らしてるのやろか? 岡本も日和佐も、ようけの子供やったなあ」 65年も前の話です。加古川はんは、私と同い年で別の小学校へ通っている女の子がいました。それで加古川はん。隣はお兄さんの家で、加古川さんなのです。 「もう何時や? あんた、時計持ってないのん!? うちにたんと時計あるのになあ」 ケイタイのデジタル時計を見せてやりました。 「13時25分か? 13時て、何時や? むつかしいなあ」 「1時。1時25分」 「ふうん。みな寝てはるやろ。よう寝るでェ。ご飯も自分でよう食べんと、ほかになんにも考えることないから寝てるしかないねんな」 ナースが4人入ってきて、一人が「おむつ換えますから、外へ出ていてください」と私に言いました 私は廊下の端の椅子へ行きました。すぐ前の部屋は、空きベッドが3つもありました。整形と違って内科はあまり評判が良くない病院なのでしょう。 「おわりました」 と言われて病室へ戻ると母はうとうと眠っていて、ベッドの足元に水枕が置いてありました。少し熱があるということで、母はアイスノンを枕の上に乗せて貰っていました。母は目を開けて、「何処へ行ってたん?」と言いました。 「おむつ交換しますから、外へ出ててください、言いはったから…」 「ふうん。もう帰ったんかと思た」 「水枕、それと換える?」 「これでええ。要らん、いうのに置いて行った」 母の額に手を当ててみると、熱はないようでした。 「みんなベッドの足元の柵に乗せて行ってはるわ」 「要らん、言うのに置いて行った。ちっとも言うこと聞けへん」 -------------続く---------- お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[コラム・えっせい] カテゴリの最新記事
|