カテゴリ:カテゴリ未分類
昔は「自分の書いたものが活字になる」=「書いたものを出版する」ということで、それを夢見た人はたくさんいました。それがそうでもなくなってきたのは、ワープロができて以降ではないかと思います。自分の書いたものを活字にしてプリントアウトするだけなら誰でも容易にできるようになったし、文書の保存や整理にも手間がかからなくなりました。ワープロの出現はプロの作家にも影響しました。80年代以降の推理小説がどんどん分厚くなっていったのは、ひとえにワープロのおかげといっていいでしょう。
2000年代になってできたブログやSNSは、もう一つ書き手の意識を変えました。書いたものが瞬時に人目にさらされることで、ほとんどの文章が人目を意識して、またフィードバックを期待して書かれるようになったのです。その結果、書き手同士が自由な意見や感想の交換をすることができ、言論全体のレベルが上がったかといえば、事態はまったく逆でした。ちょっと検索すれば目にするものは癒しや共感を求める凡庸な内容のものばかりで、そうでなければ、匿名での低俗な自画自賛や自分を棚に上げた人の誹謗中傷が多く、見かけは反対に見えるこれら二つの現象が、実は表裏一体をなしています。 日記の要諦は自問自答にあります。人に読まれることを前提しないということが、一般に日記の日記たる特性ですが、それゆえに自分で問いかけ、自分で答えるということが、人間の知性や感性を鍛えるわけです。しかし、今は誰もが人目を意識した文章を書くようになった結果、「考えて書く」という行為が、どんどん失われてきているように思います。こういう時代だからこそ、日記を書く習慣(自分自身に向けて文章を書くこと、自問自答すること)が重要ではないか、という気がします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.10.08 15:49:03
コメント(0) | コメントを書く |