|
カテゴリ:カテゴリ未分類
【質問】
私共はここ10年間ずっと米国A州在住で、昨年引っ越しまして来ましたのも車で2時間程の所からです(2年前、長男が2歳の時に日本から移住しました)。 子供達は英語が母国語ですが、日本語でも会話出来ます。特に相談致しております長男は、流暢な日本語です(私の日本の家族と交流が一番多かった為だと思います)。 息子は幼少から興味が次々と移行し、目まぐるしく動き回りました。でも最初の子でしたので当初は随分活発な子だな、位に思っておりました。未だにテレビ等を見ていても、何処かしら爪や洋服噛んでいたりします。 突飛な行動(テレビにわざと水をかける、体温計を電子レンジで暖める、公園等の噴水に入ってしまう、注意してもマッチ等で火遊びする)を取って物を壊したりで、周囲を困惑させて来ました。 忘れ物、無くし物もしょっちゅうで殆ど人のせいしたり、忍耐が無いので何でもすぐに放棄してしまう性格です。大声で雄叫び声をあげる事も多々あります。 幼稚園の年長時、担任の先生から息子がなかなか左右やアルファベットをなかなか覚えられない事等で耳に障害があるのでは?と聞かれた事もありました。現在も何度も読み書きが4年生レベルと補修塾からも言われております。 (ADHD教育で学位を取られた補修塾の先生も息子は軽度のADHDと学習障害があるのではないか?と仰られました) 小学生の時も、社交性が低く友達を作るのが苦手で時間がかかりました。小さい頃からの経験で自分を全面に出すと皆に叱責される、嫌がられると分かっている為か、学校では自分の短気やすぐに席から立ってしまう、乱暴してしまう等衝動のを一生懸命に抑制して来た様子です。そして帰宅すると、爆発、と言う感じが何年も続きました。そして本人からも何故か授業中すぐに違う事を考えてしまうと聞かされました。 それでも学校をずる休みしたり、学校へ行くのを拒絶する事はありませんでした。彼が小学校3年生の頃、注意欠陥多動症、と言う障害の記事を読み特徴や症状が酷似しているので驚きました。 考えて見ると、母親の私が多動の少ないADDの症状が子供の頃から多くあったのに気が付きました。息子と不器用さや性格も良く似ています。 中学校に通う様になり、今迄に無く学校で緊張して登校前に嘔吐する様になり小児科に連れて行き、医師に今迄の経緯をお話し、学校の先生方にも息子に関する書類を作 成して頂いた結果、医師から刺激剤の薬物治療を勧められました。が、副作用等の理 由から、すぐには服薬しませんでした。 そして昨日のメールでもお話しました通り、現在不登校に至っております。 5歳の頃から叱責され続け私を憎んで来た事、学校で授業内容が理解出来ない、課題が時間内にこなせない不安を抱え、数人からイジメられていたのに強制登校させた親、学校カウンセラー、医師達に対する不信感を泣きながら吐露しました。 私は傷付いた息子を休ませてあげたい気持ちと、何でも困難になるとすぐに放棄し逃避する性格を矯正しなくてはいけない、という責任感が葛藤し、不登校させる迄随分と悩みました。 しかし、家で何する事も無く一日中テレビを見て、私の言う事に反抗し私が憎いと罵る息子を見ながら、とても不安です。 カウンセラーは登校する様にかなり息子にプレッシャーをかけるので、今週は休みました。登校せず家に居るなら罰を与える様に、とも言われました。そのカウンセラーとは馬が合わないと感じたので、新しいカウンセラーを捜そうとも 思っています。 【返答】 私は小児神経専門医ですので、決して不登校児専門ではありません。その点は充分ご 理解下さい。ただ、小児科医は専門のいかんを問わず、不登校児の問題を、専門外だ からと言って、避けられないのも、日本の現実です。ご存知のように、日本では不登 校児が増える一方で、中学生では12万人を越えています! 私なりに出来る範囲内で、助言を試みることに致します。 1)お母さんのメールからは、1)集中力の欠如、2)注意の持続欠如、3)多動、4)衝動性 が当てはまります。 忘れ物、無くし物もしょっちゅうで殆ど人のせいしたり、忍耐が無いので何でもすぐに放棄してしまう、大声で雄叫び声をあげる事も、ADHDの徴候ととらえてよいでしょう。 2)幼稚園の年長時、なかなか左右やアルファベットをなかなか覚えられない事、現在も読み書きが4年生レベルというのも、ADHDがあ り、未治療で、学習困難なため、学習を獲得されていない状態と考えられます。これは「学習障害」とは呼びません。ほとんどのADHDは、未治療の場合、学習困難で、習得不十分なまま、進級させてしまうから、お子さんのようになっ てしまうのです。 3)ADHDの子は成長とともに、周囲への配慮は出来ていくので すが、基本的には治療しないかぎり、問題行動は引き起こす事になります。 お子さんは多分ADHDであって、副次的に上述の問題が生じて、不 登校になったと考えるのが、自然な考え方と思います。 4)お子さんのカウンセリングには、順序が大切です。今お子さんは傷付いているのです。その傷を癒さない限り、何を させようとしても、傷が治らないか、さらに傷を深くすることになるのではないでし ょうか? 5)何でも困難になるとすぐに放棄し逃避する性格;は、もとはADHDから生じてい るように思います。解決法のひとつに、ADHDの薬物治療があるわけです。 6)「家で何する事も無く一日中テレビを見て、私の言う事に反抗し私が憎いと罵る息子 」さんは、どこにでも見られる不登校の中学生の徴候で、それ自体、理由付けをして もしなくても、どちらでもよいことです。 登校する様にかなり息子にプレッシャーをかける、登校せず家に居るなら罰を与え る;ことは絶対に避けなければならないことです。大切な事は、不登校児に精通したカウンセラーに依頼することです。アメリカでそ のようなカウンセラーが見つかるのかどうか、私には分りませんが、どなたかにお聴きになってみて下さい。 7)お子さんは今は、医療(服薬)の助け無しで は、解決しないと思います。教育やしつけでよくなる、というレベルははるかに超え てしまっているからです。 服薬をお勧めします。理解のある医師の指導のもとで。お子さん自身が、これでは 大変だ、なんとかしないと、という気持ちにさせるのが、親や教師、周囲の大人の役 目です。そして本人が自分で、服薬しよう、と決心したように、もっていくのです。 8)メチルフェニデートに、「刺激剤の為に対人関係や勉強に対する不安が強まってしまっては、学校へ復帰したり、社会へ出る事が更に困難になる」ような副作用はありません。 以上が私にお答えできる精一杯の助言です。 付記: 1)ADHDの診断はおそらくあっている、と思います。メチルフェニデート(日本 ではリタりン)は抗うつ剤ですが、ADHDの60%以上に有効です。ただし、服薬 開始が小学3年以上と2年以下とで、効果がはっきり低下します。今では小学入学1 年前に治療開始して、入学後すべてが順調にゆくように、私自身が3年前から始めた のですが、今ではアメリカの小児神経医が私の実践と同じことを勧めておられること を、学会で知りました。 2)服薬は、決して、多動を抑えたり、学校でうまくやってゆくために、ではありま せん。服薬によって、本人が落ち着いて必要なことを、必要な時期に、必要な場所で 身に付け、その結果、将来社会人として自立できる大人になってもらうために、服薬 する、のです。 3)薬に副作用のないものは、ありません。その中でも、リタりンは、ADHDにと って、それほど副作用を恐れて、服薬を拒否するようなものではないと考えていま す。もちろん、副作用のために、服薬中止例があるのは、当然で、致し方ないこと で、だからといって服薬は駄目だということにはならない、と申し上げているのです。 4)家庭内暴力が出てくると、セレネースのごく少量が有効なことがあり、試みてい る治療法です。薬万能では決してありません。服薬と並行して、カウンセリングを行 います。服薬しないと、カウンセリングも空振りになるのがほとんどだからです。 5)ADHDも不登校も、日本では本当に大変な状況です。文部科学省もやっと重い 腰をあげ、全国的な取り組みが始まりますが、遅きに失した感が致します。教育界と 医療との連携のまずさ、および日本人独特の教育観、医療への不信感が、問題解決を 遅らせ、悪化させたものと、私自身は考えていますが、私自身は個人の力でできることをやるのみ、です。 ご参考になれば幸いです。お子さんがよい方向に向かわれますように。 三 牧 孝至 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2003年03月22日 21時07分49秒
コメント(0) | コメントを書く |
|