不安な童話(恩田陸)
「私はこのハサミで刺し殺されるのだ!」 今回読んだのは「不安な童話」(恩田陸:新潮社)である。ちょっと不思議な作家恩田陸のミステリーに分類されるであろう作品である。 大学教授の秘書をやっている古橋万由子は、上司の浦田泰山先生、幼馴染の今泉俊太郎といっしょに、高槻倫子の遺作展の会場を訪れる。高槻倫子は、かって人気絶頂の画家だったが、万由子が生まれる1年前に死に、今は忘れられた存在となっている。 この会場で、万由子を襲う居心地の悪さ。「私は知っているのだ。ここにある絵を全部。」ついには、ハサミで殺されるビジョンに襲われ、その場に倒れてしまう。 次の日、泰山と万由子を、倫子の息子・高槻秒が訪ねてくる。彼は、万由子が倫子の生まれ変わりだと言う。倫子はハサミで刺し殺されていたのである。母の遺言に従い、4人の人物に絵を送るので、彼らに会って、その時の記憶を思い出して欲しいと言うのだ。そして、遺作展の会場への放火や脅迫電話など、次々におこる事件・・・。 ところで、仏教の思想では、生き物は六道を輪廻する。チベット仏教の指導者ダライ・ラマは生まれ変わりが後継していくことで良く知られているが、果たして万由子も倫子の生まれ変わりなのか。 その割には、万由子は倫子と容姿も性格も全く異なっている。生まれ変わりとすれば、もっと似たところがあっても良いと思うのだが。共通しているのは、人の記憶の引き出しにしまいこんだものが見えてしまうということだけなのだ。これだけでも十分な証拠になりそうだが、こういう人は結構いるというのが、この小説の設定なのである。それでは、なぜ、万由子にハサミの記憶が?これは最後に種明かしがあるのだが、この辺りがいかにも恩田陸らしい仕立だ。 秒の記憶にある、倫子は美しくて才能に溢れた母親。しかし、絵を渡すために、4人の人物のところを訪れていくうちに、しだいにその母親の本当の姿が分かってくる。彼女は、異常とも行ってよいほどの悪意に満ちた人間で、彼女の絵は、その悪意を作品にしたものだった。 彼らは、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのだ。倫子の死の真相は、永久に封印しておくべきだったのだ。果たして、そこには希望は残っていたのだろうか。 全体としては、面白いミステリー仕立てになっている。最後の方で、万由子が一人で事件を調べに行って,犯人に殺されかける。いくら人の記憶が見えるからといっても、そんな無謀なことをしてはいけない。そんなことをしても大丈夫なのは、京極夏彦の作品に出てくる榎木津礼次郎くらいのものである。○ブログの内容が気に入ったら応援してね。クリックでランクが上がります。 ●「人気ブログランキング」 ⇒ ●「にほんブログ村」 ⇒ 「不安な童話」(恩田陸:新潮社)風と雲の郷 別館(gooブログ)はこちら