銭湯の風景
昭和33年から昭和40年頃(1958年~1965年)の話。地付の農家や裕福な家庭にしか、風呂が自宅になかった時代。借地に家を建てたり、市営住宅に入ってる給料取りの家庭には、自宅に風呂がなかったのは、当たり前の時代だったな。当然みんな銭湯に行く。近所に銭湯は3軒もあったなあ。小さい頃は母親と一緒に女湯に入っていた。小学校に入ってからは父親と一緒に男湯に。その頃の印象深い風景は、やっぱり風呂上がりの牛乳。白い牛乳と、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳。わしはコーヒー牛乳ばかりだった。フルーツ牛乳は甘過ぎるし、ただの牛乳は味がないから。何故か腰に手を当てて飲む人が多かったような(^o^);そして、映画のポスター。銭湯では映画のポスターを貼ることで、ビラ下広告のお礼に映画館の無料入場券を貰っていた。(後年、それを安く買い取って同輩に上乗せして売っていたな(^o^);大衆食堂や銭湯なんかで買ってね)風呂上がりにポスターを見上げていると、小学校の同級生に遭遇したりした。早い時間に銭湯に行くと、刺青の爺さん達によくあった。鳶職、大工、植木屋、魚屋の爺さん達だったな。もう隠居体制だから早い時間に銭湯に来る。そして、背中一面にある般若の刺青は、皮が垂れ下がっておたふくになったんじゃないかなんて冗談を言っていた。小学校1、2年の頃は、遊び友達の同級生が銭湯の息子だったので、よく銭湯で遊んだ。冬は銭湯の裏の炊き場がオンドルの様に暖かくて、寝転んであるんだりしたなあ。夏場昼間風呂場が楽しかった。しかし、小学校4年頃には、自宅に風呂場を作ってしまったので、銭湯に行くことが少なくなってしまった。懐かしいなあ・・・。ふぉーっふぉっふぉっふぉ(^o^;)親父日記ランキング