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感覚的思考と概念的思考、ふと曇天の太陽を観察し、その自己バランスを考えてしまう。 中学生の頃からレンブラントの光と影を心から愛していたからかもしれない。 私が中世ヨーロッパの画家なら、概念的思考がいちばん幅を利かせた時代だから、上は神様で、その下が人間、その下にさまざまな動物たちがいるように描くかもしれない。 神父さんのような概念により世界を切り取り、おそらくそれはきれいな階層構造になっていると思う。 現実的にあるこの空間を「見」「嗅ぎ」「触り」「味わい」「聴き」することによを前提にして具体的に何かを感じ取る能力が感覚的なのであるとすれば、感受性がなん大事だ。 今まで日が当っていたところが影になる、風向きも変わる、匂いも変わる、ジャングルのような事務所で自然に接していれば、知らず知らずに自然にはこちらの想像をはるかに超えた多様性があるのに気づかされます。 うろ覚えなのだが「天才バカボン」に登場してきた政治家はみな腹黒のワルばかり、「僕も混ぜてください」と、子供が鬼ごっこに参加する感覚で立候補。 「政治家なんて、しょせんそんなものなのだ」と決まられた狭いルールのなかで鬼ごっこをしているのをさっさと見抜き、バカにする。 いまさらながらジャーナリズムと責任感の欠落した今のマスコミより感覚的思考パパはエライ!と思う 市川房枝さんのような政治家なら喜んで投票するのだが。 さて?どうなるこの国、きな臭い郵政民営化反対新政権。 長続きはしないだろうが・・・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年07月22日 17時20分09秒
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