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カテゴリ:旅行
ちょうど二年前の2009年2月14日、僕は家族と山道を歩いていた。場所はメキシコシティーから車で四時間、ミチョアカン州アンガンゲオ村。そこで車を下り、あとはひたすら標高3000m近い山道を歩く。目的はこの山中で越冬するという蝶、オオカバマダラ、通称モナルカ蝶を見るためである。
この蝶の特徴は長距離の渡りをすることにある。メキシコ山中と、アメリカ北部~カナダ山中の間、約4000kmを旅するのだ。例えば鳥であれば一つの個体がこの程度の距離、或いはそれ以上を飛ぶというのはよく聞く話である。ところがこの蝶の面白いのは途中で世代交代を繰り返しながら渡りをするというのだ。一往復の間に5回も世代交代し、命のバトンを継ぎながら4億匹が飛ぶという。メキシコにいる間に一度見ておきたい、ずっとそう思っていた。 それにしても空気が薄い中での山歩きは辛い。おまけに当時2歳の息子を背負ってである。同年の7月、つまり5ヶ月後に足に自覚症状を感じるのだが、このとき最後まで歩ききったことを思うとまだ発症してなかったのだろう。 息を切らせて一時間ほど歩いた後その光景を目にした。驚くべき数の蝶の群れ。いったい何万匹いるのか想像もつかない。枝にぶら下がった大量の枯れ葉かと思ったものは全て蝶だった。今にも折れてしまいそうだ。空を見上げれば乾いた羽音ともに飛び交う蝶。地表に目を移せば旅を終え命のバトンを渡したあと、力尽きた親たちの骸が埋め尽くしている。 静寂に包まれた荘厳な光景。でも自然の中では何万年繰り返してきたごく普通の営みに過ぎないのだろう。 僕がこの病気の告知を受けたばかりのころ、なぜかよくこの蝶のことを思い出した。特に土の上に横たわる姿を。何代も前の自分の親たちの屍を吸い込んだ土壌の上に。人間の命の多少の長短など悠久の自然の中ではたいしたことではないと語りかけてくるようで。 いつか将来、僕の子供たちがこの地に立つことがあれば、森羅万象に帰った僕を感じてくれるんじゃないかと思ったりしてしまうのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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