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カテゴリ:作品紹介
小品を書いております。「産寧坂」のリメイク版。
ヒマでしゃーない時に読んで下さい。 リメイクつーか、単にくどくなった? これを文章の肥満化といいます。 ほっとけ。ボケ。 昔、竹久夢二が恋人の彦乃と一緒に暮らしていた所、そこの近くに住んでいるというのがアキタ君の唯一の自慢話だった。 「でも彦乃のような人はいーひんのやろ?」 同じ美術学校に通う悪友達に、いつものように意地悪なことをいわれる。 「お、おるわい!」 ちょっと吃って返事をするのが、アキタ君のパターンだった。 その美術学校を卒業してそれぞれ就職し、数ヶ月程立った頃、同じ卒業生のケイイチから連絡があった。 「アキタ君が突然田舎に帰ることにしたらしいで」 残業どころか、徹夜も当たり前の業界に就職したばかりのペーペーのボク達は、なかなか時間を作る事が出来ず、アキタ君が田舎へ戻る前の晩に、やっとケイイチと二人で酒を持って、夢二と彦乃の住んでいたとこの近くのアパートを目指した。 京都・清水寺への道、二年坂から産寧坂そして清水坂と続く界隈は、実に京都らしいところで(こんないい場所に住んでいたのか?)と少しアキタ君を羨ましく思った。 ケイイチは無口な男なのだが、ボクとはまるでテレパシーで通じ合っているかのような、話ぶりをする。 「ほんまにええとこ住んどったんやなぁ」 いつものようにケイイチは普通に返事をするように言った。だが、その二人の感想は数分後に大きく崩れるのであった。 初めて見るアキタ君のアパートはボロ過ぎた。ちょっと入るのをためらってしまうような佇まいだ。もの凄く良くいうと大正ロマン漂う雰囲気。 でもいくらなんでも、夢二と彦乃はもうちょっとキレイなとこに住んでいたと思うのだが。おそるおそる玄関の戸をガタガタと開けると、靴が三十足は置けるような玄関が待ち受けていて、そんな広い玄関なのに、横にはキチンと銭湯にあるような大きな靴箱がある。さらに不思議なのは、そこには一足も靴が脱がれていなくて、どうも折角の玄関も靴箱も関係なく、土足でそのまま上がっているようなのである。廊下は靴跡で一杯なのだ。 二人はそこに立ち尽くし、しばし顔を見合わせたが、そのまま上がってもいいんだなとテレパシーで確認しあい、案の定ギシギシと鳴るとても不安定な廊下を、気をつけながら歩いた。その廊下もむやみに広い。 それぞれの部屋の前に、自転車や子供の三輪車、洗濯機まで置いている住人もいる。 二階に上がる階段もとても幅広いもので、踊り場にも人が住めそうなくらいのスペースがある。 アキタ君の部屋は201号室。二階の一番端にあった。 さっきから、今のこの気分と同じようなものを味わった事があると考えていたのだが、やっと思い出した。 それは夏休みの夕暮れに、誰もいない小学校に忍び込んだ時に、普段は聞こえない廊下のギシギシがやたらと不気味に鳴り響き、見た事もない魔物がきっと潜んでいそうな気分に包まれて胸が痛み出し、下腹部がズーンと重たい感じになるアレである。 二人ともそれぞれ、そんな想い出につかの間浸っていたが、とりあえず今夜はアキタ君の送別会だと言う事を思い出し、アキタ君にとっては京都最後の夜を、しみじみと、でも悲しくならないように笑顔でひと時を過ごしてもらうのが、友達というものじゃないか。 二人でそれを確認しあい、うなづきあって部屋のドアをノックした。 「開いとるで」 アキタ君は意外にも元気な声だった。少し安心してドアを開けると、流石にボク達だとは思っていなかったようで、アキタ君は驚いた顔をして次にはしまったという表情をした。 「よ! 久しぶり! どうかしたか?」 「い、いや。だ、大丈夫だ。ま、入れよ」 廊下で靴を脱ぎ、部屋に入るとずいぶんこぎれいにしてあり、それは勿論、引越の用意で荷物がすっかりかたづけられているせいもあるのだろうが、少しアキタ君の性格を見たような気がした。 抱えて来た一升瓶を開けてカンタンなつまみで、三人は紙コップで飲み始めた。 夢と現実の違いにやられやすい年頃だった。アキタ君のボヤキは、今思えば笑い飛ばせることだったが、その頃のボクらにはとても深刻な事だったに違いない。 まだまだみんな若くてこれからだったし、田舎に帰ることが決して挫折ではないって思いたかった。 ずいぶん酒が進んだ頃、部屋のドアがノックされた。アキタ君は少し狼狽しながら、ボク達から目を背けていった。 「お。おるよ。はいりーな。」 ドアが静かに開いた。 「あら?お客さん?」 そこにはとても線の細い、でも凛とした感じのするアキタ君の彦乃さんが、夜中には不釣り合いな明るい朝顔の浴衣で立っていた。 ボクとケイイチはあわてて、勿論初対面だったし、京都最後の夜ってことはアキタ君と彦乃さんはこれからきっとお話も色々あるだろうし、それから他にもイロイロと有るだろうし、ここは帰った方がいいと……。するとアキタ君がいった。 「ええよ。気ぃ使わんでも。飲も飲も」 彦乃さんを交えて、四人でまた飲み始めた。 彦乃さんは、この界隈に住んでいるようで、アキタ君とも夕暮れの清水坂で知り合ったのだという実にロマンチックな、うらやましい話を教えてくれた。 「あ。あんまりいらん事、ゆ、ゆいなや」 「いいじゃない。最後の夜くらい楽しくやろうよ。ネーそうだよね?」 ボクたちには、気になっていた事があった。でも最後までそれは話題に上らなかったし、ボクたちから聞く事でもなかった。 彦乃さんとはこのまま別れてしまうつもり? こんなキレイな彼女、もったいなさ過ぎるだろう。アキタ君が一人で田舎に帰るんだったら、ボクが彦乃さんと付き合ってもいいなんて事は言えるはずもなかった。ケイイチもきっと同じ事を考えていたはずだ。 それにしても、彦乃さんはたわいもないボク達の話によく笑ってくれた。話をする時にはじっと相手の目を見る人で、タイミングよくうなずき、タイミングよく笑う。 それは朝顔のように支柱につるをからめるような、何か有るとすぐにしぼんでしまう女性ではなく、のびた背筋で、それでも相手を立ててずっと見つめている向日葵のような女性だなと思った。 そして終電もなくなり、結局、途中で自動販売機でワンカップとかを追加して、朝まで飲み明かしてしまった。 ボクと友人はヘベレケの状態で二人に別れを告げ、始発の電車に乗った。 二人は黙ったまま、ガランとした車内で向かい合わせに座って心の中でつぶやきあった。 「あいつら、今頃やっとるよな?」 「うん。絶対やっとるな」 「悪かったな」 「ああ、最後の夜やったのにな」 「彦乃さんとは別れてしまうんかな? ケイイチはどう思う」 「あの感じやったら、これっきりみたいやな」 「もったいないなぁ」 「ああ。かわりに付き合いたいくらいや」 やっぱりケイイチもそう思っていた。 数年後、アキタ君から結婚の知らせのハガキが届いた。隣には彦乃さんじゃない女性が笑っていた。 懐かしくなってアキタ君に久しぶりに電話をした。 「ハガキありがとう。どう元気にしてる?」 「お。おう。元気やで」 「奥さん、地元の人か」 「は? 何ゆーとんの? ひ・彦乃やろが」 「え?」 「こっち来て水がおーたんかしらんが、ば・倍程に太ってもーたんよ」 アキタ君と、線のとても太くなった彦乃さんはその後四人もの子宝に恵まれたのだった。 グッドラック。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.02.26 17:58:39
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