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カテゴリ:作品紹介
今夜は第二夜です。バイト先で知り合った美代という女性が登場します。
蒼井空さんはこの女性を蒼井優さんのイメージで書いたそうです。 主人公の陰のうすい「私」はあくまで松山ケンイチさんです。 でもキスシーンとか濡れ場は、ごんどうごんぞうにタッチします(笑) いわばスタントマンのようなっていうか、松山ケンイチは「あて馬ポンコ」? 後半のキスシーンは『こんな感じの事、一度でいいからあって欲しかったなぁー』という まさに妄想爆発のくだりです。 ただパートナーの検閲にひっかかって、性描写が長すぎるという事で 大分カットしました。パイプカットしたような気分です。全然ちゃうか。 ごゆっくりお楽しみ下さい。 学校を終えてからのアルバイト先は、電車で乗り継いで十五分程の河原町にある土産物屋だった。 その店に美代というアルバイトの女性がいた。 一つ歳下の女子大生で、店の暇な時などはよく話しかけてくれる気さくな女性だった。 アルバイトに通う電車も同じで、河原町からだと十分足らずの桂という町に、親元から離れて一人で住んでいた。 京都の日本海沿いの小さな町が故郷だと言う。二人とも夜遅くなった時などは、店の主人に物騒なので近くまで送ってあげるように命じられ、私は本来よりも一つ手前である美代と同じ駅で降りて、住んでいるアパートまで送って行く事もあった。 その駅から下宿までの途中に美代のアパートはあった。 遠回りという感覚はなかったが、普段の帰り道は八重子の店の前を通るので、入口の戸が開けたままになっている夜は、タイミングよく八重子の姿が見れる時もあった。しかし運悪く、他の客と楽しそうにしている八重子を見かけた時は、その日の不運を恨み、急ぎ足で下宿に戻ったものである。 何度か美代をアパートまで送っていった夜、お礼にお茶でも飲んで行かないかと誘われた。 女性の一人暮らしの部屋に入った事などなかったので、突然の誘いにとても緊張した。 しかし無下に断る理由もなかったし、卒業も就職も決まって落ち着いていた時期だったので、お茶だけ飲んだらすぐに帰ろうと思い、そのまま美代に付いて行った。 新築なのか白い外壁がとてもキレイに見える二階建てのアパートだった。横に階段があり、その下には雨宿りをしているように自転車が寄り添って並んでいた。階段を上って狭い廊下を歩いて三つ目のドアが美代の部屋だった。 鞄からカギを取り出そうとして急に立ち止まった美代に、後ろから付いて来ていた私は必要以上に近づき過ぎ、あわてて後ろに引き戻した瞬間、何かプンといい香りがした。 「どうぞ。狭い所ですけど」 右手でドアノブをつかんで扉を開け廊下に立ち、美代はわざと改まった言い方をして、左手でこちらへとホテルボーイのような仕草をし、私の緊張を少しほぐしてくれた。 玄関のたたきで突っ立ったまま、私は随分あからさまに部屋を見回していたのだろう。 「キョロキョロしないで、さ、入って入って」 美代は笑いながらそう言って、私の背中を押した。 「おじゃまします……」靴を慌てて脱いで部屋に入ると、美代はその靴をキチンと揃えて向きを変えて、置き直してくれた。部屋に入ってすぐの、四畳半程の台所に置いてある丸い木製のテーブルには、揃いの椅子が二脚置いてあった。台所の奥にガラス戸があり、その向こうに部屋があるようだが、戸が閉めてあったので、様子はわからない。 「椅子に座って待ってて。すぐお茶入れるから」 「ありがと」 テーブルの上にある小さなコップには薄いピンクの花が一枝挿されていた。さっきの香りと同じだ。なぜさっきこの香りがしたのか聞きたかったのだが、口に出してみると違うもっと簡単な質問に変わっていた。 「これ、なんて花?」 その花の名前が『沈丁花』だと言う事を、私はその時初めて、美代に教えてもらった。 赤いホーロー製のポットに水を入れて、コンロにかけて栓をひねるが、なかなか点火しない。美代も多少緊張しているのだろうか。 「最近、付きが悪いんよね。マッチで付けるのちょっと怖いねん」 「貸して。やったげるわ」 私は美代から受け取ったマッチを擦り、コンロの栓を開いて火をつけた。 「こういう時はやっぱ男の人いると助かるなぁ」 美代は私の顔を覗き込むようにして意味深な笑いを浮かべた。 小さな咳払いをして、私は椅子に座り直した。美代も向かい側の椅子に座りながら念を押すように言った。 「あっ、でも初めてやで。部屋に男の人入れるの」 「そうなん?」 「うん」 それ以上話は続かなかったが、軽い征服感を感じている自分が可笑しかった。 お湯が沸騰したので火を止め、美代はテーブルの上に置いた急須に、見た事のないお茶を入れた。 お湯を急須に注ぐと、とてもいい香りが広がった。 小さな食器棚から出したお客様用らしいサクラの花びらが描かれたキレイなティーカップに注いでくれた。 「お待たせしました。ジャスミン茶っていう中国のお茶。うち、大好きやねん」 もちろん、私はそれも初めてだった。その香りはとても安らげ、味も何か花の感じがした。 「なんかとってもいい香りがする。花のような……。美味しいね」 「正解。ジャスミンってお花やもん。カップの絵がそうなんよ」 サクラと見間違えたカップを良く見ると、ジャスミンの花びらはサクラよりもっと丸かった。 「サクラかと思った」 美代はただ口角を上げて微笑むだけで、その事に対しては返事をしなかった。 そして、両手で包み込むようにカップを持ちながら、一口飲んでからゆっくりと言った。 「大学で付き合ってる人いるん?」 「いや。いーひんよ」 「好きな人は?」 「……。おらんそんなもん」 黙ったまま、美代がじっとこちらを見つめている。 カップと両手で顔の下半分はほとんど隠れていたので、余計に左目の泣きぼくろが強調された。 その目が少し弧を描いて嬉しそうに笑うと、あっさりと美代は言ってのけた。 「うちはおるよ。目の前の人」 ドキンとした。そして何故か八重子の顔が浮かんだ。 「冗談やろ? からかうなよ。本気にするで。今言われてもすぐに卒業で東京行くし」 私は思いついた言葉を次々に発声した。動揺が丸わかりだったのだろう。美代は声を出して笑い、今日はここまでという感じで話を変えた。 「そうや。美味しいクッキーがあったんや。食べる?」 私は返事をせずに、残りのジャスミンティーを一気に飲んで、立ち上がった。 「今日は帰るわ」 「え? かんにん。なんか怒った?」 「ううん。怒ってへん。銭湯閉まってまうし」 「お風呂やったら、うちで入ってってもええよ」 この台所の奥には部屋だけでなく、お風呂まで付いているようだ。 「いや。下宿の友達と一緒に行く約束しとったし」 そんな約束はなかったが、とりあえず急いで帰りたくなった。靴を履いて、振り返って礼を言おうとしたら、美代がいきなり両手で私を捕まえるように抱きついて来た。 今度はドキンドキンと二回して、そのままさらに速く心臓が鼓動した。不意をつかれた私の両手はどうしたらいいのかわからずに、しばらくダランとしたままだった。 美代はその両手を動かすスイッチを入れるように、魔法の言葉を呟いた。 「帰らんといて……」 私は胸のあたりにあった美代の後頭部に右手をあて、長い髪の毛を静かに下に向かってぎこちなく撫でた。 その動きに合わすように、美代は抱きついたまま顔をあげ、潤んだ目でじっと私を見つめた後に、何かを待つようにそっと両目を閉じた。 私は左手を美代の顎に添え、少し顔を上向きにして、唇を近づけた。少し開いた美代の唇は柔らかく暖かった。 二人の心臓の鼓動が共鳴しそうになった時、美代はおそるおそる舌を絡めて来た。ジャスミン茶の味と香りがした。二つ目のスイッチが押されたように、私は両手で激しく美代の背中を撫でた。厚手のピンクのトレーナーだったが、肩甲骨のあたりで肩ひもが指先に感じられた。それを辿って、ホックを探し、トレーナーの上から強引に外そうとすると、美代は唇をはずし、小さな声で「あかん」といった。 私はスイッチが切られたように我に返り、同じく小さな声で「ごめん」とつぶやいた。 「じゃあ、帰るわ。またな」 「……うん。わかった」 ドアを半分開けて斜めに顔を出し、美代は私が階段を曲がるまで手を振り続けた。階段を降りきった自転車置き場の横に、沈丁花がこれでもかというくらい咲き誇っていた。サクラにはまだ少し早い肌寒い夜だった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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