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以下、ニコニコTOPニュースからの抜粋
生まれたからには、いつか死ぬ。それは当たり前のことだが、忘れがちなことでもある。あるいは、「忘れておきたい」ことだろうか? いつか来る、しかしきっとすぐではない。そうやって「死」というものを遠ざけておくのが人間なのかもしれない。しかし目の前にぶら下げられたら、いくら目を逸らそうとも視界に入るものである。あるイギリスの少女は17歳にして、「余命わずか」だと診断された。目前に広がるものが「未来」から「死」に姿を変えたとき、少女が取った行動は「自分のお葬式を計画すること」だった。 イギリスのデイリーメール紙によると、ドナ・シャウ(DonnaShaw)は、昨年2月に「ユーイング肉腫」だと診断された。ユーイング肉腫とは、主に若者の骨に発生する悪性腫瘍のことである。ドナは肩にある腫瘍の80%を取り除く手術を受け、化学療法も行ったが、今年1月に治療の効果が出ていないとされた。治る見込みがなくとも治療は続けるかどうかの選択を迫られたとき、17歳のドナは、「尊厳死」を求めた。彼女は同じ病棟で亡くなった5歳の少年を見てそう決めたという。 「私の友だちは、ほんの5歳だったから自分では決められなかったの。彼は1月9日に亡くなったわ。彼の両親は治療の延長をし続けて、その子はまるで"がい骨"みたいに見えた。もしあの姿を見ていなかったら、私も治療を続けていたかもしれない」 「尊厳死」を選ぶと決めた彼女は、自分の「お葬式」をどのようにするかについての計画を練り始めた。たとえば棺を運ぶ人を決めたり、流す音楽や映像を決めたり、花の色を決めたり--。また、参列する男性はドナの好きな色であるピンク色のネクタイを締めることも決まっているし、ドナ自身は、彼女の母親の結婚式(再婚)に出席するために着たドレスに身をつつむ。 「病気になってからの私のモットーは、『泣いてもいい、でも笑うのはもっといい』ってこと。ときどき怖くなるし、ときどきは身がすくむ思いだし、それに『だからなによ?』って思うこともある。寝るときはすごく怖い--。死ぬのが怖いんじゃなくてね、家族を残していくのが怖いのよ」 ドナの母親は、「娘がこれだけ強くあってくれて、助かってるわ」と語っている。ドナは残された時間をめいっぱい楽しもうと、今日も「モットー」を胸にさまざまな計画を立てている。
彼女の様に、「強く生き、そして笑顔で」と誰しもが、大病を患った際思う事だろう。
自分もあの世とこの世の境に立った人間だから
そう思った時はあった。だが彼女の様にはなれず、絶望に閉ざされた。
そこに現れ、自分を救ってくれたのが、今の嫁
退院するまでに、多くの知り合いが同じ病棟内で亡くなった
朝、目覚めフラリと病棟を歩くと、昨日まで居た人が居ない事の虚しさ。
例え、それが知り合いで無くても何とも空虚な気持ちに苛まれる。
俺は、退院してから命・・・自分の生き方について真剣に迷った。
自分がこれからどうあるべきか・・・?
そんな思いを払拭したくて、知り合いを辿り、善寺に篭り自分を見つめ直した時も。
病気の人間が、一番知って欲しい事、それは自分への同情ではなく
「理解」 即ち、その自分を苦しめている病気を知って欲しいのだと思う
人間は日々学習し、自分を高める事により精進を続ける
生活、娯楽、病気、食、全てにおいて学習するのが「人」という生き方なのだ
彼女の場合、自分が自分らしく、最後まで明るく生きたいと願う事で
自分の価値を見出そうとしたのではないだろうか・・・
人として、精一杯生きる意味を17歳にして悟った事は
50年を平々凡々と生きる事の何十倍の意味があると俺は思う。
50年生きている人間を馬鹿にするわけじゃない。勿論、その人なりの50年なのだから。
ただ、50年生きたからといって、17歳の少女の様な考え方にはなるのだろうか?
『泣いてもいい、でも笑うのはもっといい』
この言葉に含まれた意味は重い。
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