197717 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

百度石2.0

百度石2.0

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カテゴリ

お気に入りブログ

フリーページ

2005年12月03日
XML
カテゴリ:穴無しの百度石
虎ノ門金刀比羅宮
虎ノ門金刀比羅宮の場所
銀座線虎ノ門駅の2番・3番出口から1~2分で当社。
写真の鳥居は、3番出口からの写真。
境内内に大きなビルが建っていてビックリしました。さすが都会の神社です。
ビルの1階が社務所になっています。
境内内は、このビルの社員が休憩しているのか、サラリーマンがゴロゴロしていました。

この神社は、江戸城の裏鬼門に位置し、鬼門除けの神として鎮座しています。
神紋を見ると、こちら(香川)の金刀比羅宮の神紋と違いますので、同じ金刀比羅宮ではないようです。(本家は隷書体の金を使いこれを区別しています)
ご神徳は、招福除災家門繁栄。
あと、賭博を断つ、酒を断つ、煙草を断つ「押手の誓」があります。
ギャンブルする人は近寄らないように(^_^)
百度石

案内板写す
讃岐丸亀藩主の京極高知が領地・讃岐の金刀比羅大神を、万治3年(1660年)に三田の江戸藩邸に邸内社として勧請、その後延宝7年(1679年)に現在の地虎ノ門に移る。
こんぴら人気が高まった文化年間に京極家では毎月10日に限り一般参詣を許し、大変賑わったといわれる。
社殿は権現作りで、第二次世界大戦により焼失したが、拝殿、幣殿の部分は昭和26年(1951)に再建された。ともに総尾州檜造り、銅板葺きである。日本最初の建築史家伊東忠太の設計校閲による建物で、我が国古来の建築技法が随所に用いられている。
尚、幣殿の奥の本殿は、昭和58年(1983)に復興されたもので、鉄筋コンクリート造、銅板葺きとなっている。

全景はこちらのブログが詳しいです。⇒life





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年12月03日 11時59分28秒
コメント(0) | コメントを書く
[穴無しの百度石] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.
X