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カテゴリ:アート
舟越桂 「見晴らし台のスフィンクス」 *************************************** 国立新美術館へ、 「DOMANI展」をみに。 これは、 文化庁による芸術家の海外派遣プログラム 「芸術家在外研修」 の成果を発表する場ということらしい。 今回は、15名のアーティストの作品が展示された。 わたしのお目当ては、 駒形克哉氏の作品。 ひょんなことから駒形氏と知り合い、 お誘いを受けたのでワクワクと会場に向かったのだった。 この「DOMANI展」では、 広い展示スペースが吊し幕で区切られ、 各作家作品が並べられたり、 インスタレーションの空間がつくられたりしている。 駒形氏のスペースは、 会場の最後の方に配置されていた。 緞帳を思わせる黒幕のはじをめくると、 その奥に広がっていたのは、 漆黒と黄金の幻想世界!! その作品群は、すごかった 超ツボ ですが、わたしがアホすぎて、 うまく感動を表現できないのが悔やまれてなりません 作品は、 数点をのぞくと、すべて切り紙細工でした。 大きな黒い土台に、 金色の切り紙細工が施されている。 その細かさたるや・・・ 見ているこっちも頭がおかしくなりそう(笑)。 偏執狂的なミニアチュールっぷりに、 ウットリしちゃいました。 その絵は異界への扉のようで、 開いたら、そのまま「向こう側」に行けちゃいそう 多くの作品は 美しいシンメトリーに満ちているんだけど、 その構図は、見る者を欺くかのような位置関係にあったりする。 たとえば、 巨大なシンメトリーの構図に配置されているモチーフが、 片方が美しい女性、もう片方が骸骨であったりして。 そうやって思わされる、 死と再生、 そして、その2つを包括する宇宙。 (その宇宙が、「スコラ宇宙」と名付けられているのもおもしろかった。そしてその「スコラ宇宙」を黒い影で覆う昆虫たちー蝶や蜻蛉やーが可愛くて、駒形氏にとってそんな虫や鳥たちはどのような存在なんだろう?と思ったり。) ヒト以外にたびたび現れるモチーフも、 漢字で書くと、なるほど耽美!な感じで 蝶、 蜻蛉、 鳥籠、 竜舌蘭・・・etc そんな豪華絢爛なディコトミー的世界観がステキすぎて、 鍵穴からあの作品群をのぞいて観察してみたいな、 と思いました そして、 絵そのものが、神聖幾何学であるようにも感じたり。 わたしは今年1月11日の満月の日に、 ホーリーウーム・ヤントラ (聖なる子宮チャクラを浄化するヤントラ) の伝授を受けたのだけれど、 そのときのことを思い出した。 駒形氏の黄金の切り紙細工は、 銀や銅の板に刻まれるヤントラを思わせ、 高揚するような、厳かになるような心持ち。 「スコラ宇宙の回転」なんて、 まさに曼荼羅だものなぁ。 いやはや。 ちなみに作品タイトルも、 いかにも・・・という息の長さが官能的で、 なんとも悩ましかったです。 たとえば “運命神神殿をリフトで退出する擬人化された「文法」が「修辞」の芽に水をやる” だとか “楽園の小鳥:楽園の小鳥は小鳥の楽園に住まっているのでしょうか。漸く見つけた幸せの小鳥を連れて帰ってくると用意してあった黄金の鳥籠にはもう別の小鳥が住まっているではありませんか。あなたは誰と小鳥に問いかけても私によく似た顔でぴよぴよきゅるると囀るばかりです。” だとか。 (2つ目なんて、鏡趣味の人間なら皆飛びつきそうなタイトル。) この展覧会に来る前に、 駒形氏の幼馴染みでもある評論家のK先生から 「あなたはきっと(駒形氏の作品が)好きだと思う」 と言われていたのですが、 まさに・・・でした。 好きすぎて困った困った(笑)。 アート販売サイトも見てみましたが。 もちろん手が届きませんが。涙 なので、 かわいくポストカードを買ってきて飾ってます わたし、 ビアズリーの絵が表紙に金色で型押しされた(?) マンディアルグの装丁本を持ってるんですが、 一緒に並べたら美しいだろうなー うっとり・・・ 最後に、 この展示を見ていて思い出したオクタビオ・パスの一節をのせてみよーと思います。 大好きな作品たちに出会えて、とっても良い日でした 「我々は現実の彼方に存せず、その内部に存在する。物質と形式の分裂、アルテミスのナイフによって切開された胸前のように裂かれた世界。犠牲の臓腑は常に我々が解読すべき象徴である。」 オクタビオ・パス 「臓腑に目を晒すナイフ」より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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