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自分がこのようなブログを開いていたことさえ、記憶の彼方に消え入りそうな
月日が経ってしまった。日記一覧を見てみると、去年はなんと、1日分しか 書いていない! 実際、PCも故障して修理に出して戻ってきたのが1年以上前。戻ってきたは よいが、電源のコードを紛失して、面倒くさいのでそのまま1年間放っておいた のだ。昨日たまたま、使えそうなコードが売られていたので買ってきて、繋いで 見ると、ばっちり。で、埃を払って1年ぶりに立ち上げた、という次第である。 昨日はDVDレコーダーなる最新兵器?を買ってしまった。従来ほとんどテレビを 見なかったので、そんなものに興味がなかったのだが、数年前、ビデオを見る 必要があって「14型テレビデオ」を一応買って持ってはいたのだ。で、最近 仕事が暇になり、他にやりたいこともなく、暇潰しにぼーっとテレビを見る毎日に なってしまった。そうすると連続もののドラマなぞも見るようになり、そうすると 見損なうと悔しいのでビデオを使うようになった。それが年末頃の話。2ヶ月ほど して、ビデオテープも10本ほどたまって来て、何だか嵩張るし、見たい番組が 重なったりすると「テレビデオ」では「裏で録画しながら別の番組を見る」と いうような芸当ができないので、悔しいのである。で、最近は実家でも DVDレコーダーを活用しているのを目撃し、俺も思い切って買うことにした。 自宅近くのケーズデンキで少々"型落ち気味"の奴が安く売られており、店員の 熱心な説明にも納得したので、ご購入にいたったわけである。 で、持って帰っていざ愛用の「14型テレビデオ」に繋ごうとしたら、「想定外」の 事態に陥った。なんと、音声端子が余るのである。うーむ… そうなのだ。つまり、愛用の「14型テレビデオ」は時代遅れのモノラルなので ある。ステレオのプラグでは1つ余るのである。世の中は、すっかりステレオが 当たり前になっているのだ。今時モノラルのテレビを繋ごうなどという御仁は 考慮されていないのである。 とりあえず、"主音声(左)"をつないで満足する。 さて、…なんじゃこのマニュアルの量は。う~む、確かにこれは一種専用の コンピュータだな。電話線(ADSL)に繋いでインターネットと連動すら するらしい。恐れ入谷の鬼子母神、てなもんである。とにかく、繋いでみよう。 現在、マンションに住んでいるので、とりあえず壁のTV端子に同軸 ケーブルを繋げばよいはず… で、ケーブルが足りない。同梱されているのは 1本だけなのだが、どう考えても足りないのだ。説明書をためつ眇めつして、 今まで使っていたケーブルを途中でぶった切って2本にすれば、「地上波アナログ」 と「地上波デジタル」は間に合いそうである。壁に端子が2つついており、同軸 ケーブルのプラグだけ蓋の代わりに付けてあったので、それをこれまでテレビデオ と壁の端子を繋いでいた同軸ケーブルをぶった切った切り口に付ければ2本の ケーブルが出来上がる計算だ。ためらいなく、ペンチでぶった切る。 (本当は電気抵抗が変わってしまってよろしくないのかも知れないけど、 気にしないことにする。) で、繋いでみた。どうにか地上波アナログと地上波デジタルは入った。あと、 マンションはケーブルテレビの線がつながっていて、一部のBSチャンネルは UHF波に変換されてアナログで再放送されている模様なので、それも見ることが できた。だが、マンションにBSやCSのアンテナもついているはずなので、 ケーブルがもうひとつあればよいのだろうか… と説明書をよく見ると、 どうも「BS・U/V分波器」というものが要るらしい。 そこで今日、またまたお得意のケーズデンキに行って聞いてみると、 1本の混合信号からCS対応ケーブルと2本のUHF・VHF用ケーブルが出ている 3つ叉の「3出力分波器」なるものを差し出された。壁の端子に直接繋げる ケーブルが一体になっているものと壁の端子から分波器までは自前のケーブルを 使え、というタイプがあり、「自前のケーブルを使え」という方が600円ばかり 安かったので、そちらを購入。繋いで見ると、きちんとBS/CSが受信できた。 これでとりあえず、格段にTVがパワーアップした。 あとはステレオか。手元にあるCDラジカセには入力端子が付いてないので これは使えないし… まあ、しばらくはよしとしよう。 --- そうそう、その昨年1回だけ書いた日記の"主人公"N。彼の一周忌がもうじき やってくる。今日は、有志で墓参に行こう、というメールが届いた。 実は今週末は、年末に亡くなった祖母の49日法要・納骨である。 墓地は富士の裾野なので、先週、雪の降った翌日、クルマのタイヤを スタッドレスに履き替えたところである。 何気ない日常で衝撃は徐々に癒され、そうやって、静かに時は流れてゆく。 ただ、どこかで何か取り残されたような悲しみが、心の奥の襞の裏側に しまい込まれ、暗く深い水底の澱のように沈み込んでゆく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年02月03日 03時25分51秒
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