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カテゴリ:雑感
朝のホームルームで、担任のアベ先生が開口一番に云った。
「皆さんのクラスの仲間だったチャンくんは、おとうさんのご都合で、今日からよその学校へ転校しました。詳しいことはまだわからないので、わかり次第また連絡します」 5年3組の教室内は、なぜか一言の私語もなく、しんとしている。 こういうとき、普通の小学校の学級ならば、 「はーい先生、チャンくん、挨拶に来ないでそのまま転校しちゃったの?」 「チャンくん、どこへ引っ越すんですか?」 「お別れ会もできなかったなあ、チャンのやつ、何も云わなかったからわからなかったなあ」 なんていう質問とかざわめきが一つや二つ、あってもよさそうなものなのだが、この日、このクラスの場合は沈黙が続くのだった。 一人の男子が黙ったまま先生の目を見て手を挙げた。5年3組学級委員のナオトだ。 彼は、新学期から転校してきたばかりなのになぜか学級委員をつとめている。 「はい学級委員、どうした」 「先生、チャンくんはどうして転校したんですか?」 「それは・・・」アベ先生はちょっと考える仕草をした。 「ご家庭の事情についてまではわからないんだけど、何かよんどころない事情があったんだと思う」 「行き先とか連絡先は、何か聞いていますか?」 「それはわかり次第、お父さんから連絡をいただくことになっているので、そうしたら君たちにも教えるよ」 「別に教えてもらわなくてもいいけどなー」と、教室のいちばん後ろの真ん中の席に座る番長格、大柄なシンタローがボソリと云うと、後ろのほうの席にいる児童数名はククッと含み笑いをもらした。 「まぜ返さないでくれよ。ぼくはまだこの学校に来てそんなに経ってないのに、いきなり学級委員にさせられてさあ。ぼくだって、3組のことをもっといろいろ知りたいんだから!」 ナオトはそういうと、シンタローを睨んだ。 「はあーい、わかりましたー」シンタローが陽気な顔で立ち上がり、大げさな身振りで頭を下げたので、教室内に笑い声が響いた。爆笑というほどではない、控えめな、どことなく不気味な笑い。 「はい、じゃあこのあと先生は、いったん職員室に戻って2時間目まで会議があります。1時間目は音楽だったな、みんな遅れないように音楽室へ行くように、さあ」 「起立!礼!」アベ先生はお辞儀もそこそこに、足早に教室をあとにした。 (やれやれ、冷や汗冷や汗・・・。チャンはどこにも転校なんかしてないってのに、こんなウソ・・・) このあと、A新聞社をやりこめなければならないのだ。 ナオトが、音楽教材のピアニカを取りに教室後ろのロッカーに行こうとする途中、誰かの足が自分の左足首に引っかかった。そいつがヒョイとタイミングよくナオトの足を跳ね上げたので、そのままナオトはうつむけ姿勢のまま前方に頭から倒れた。 (痛てて・・・)頭を持ち上げようとした瞬間、「ガシャーン!」という音とともに、後頭部に激痛が走った。そのままナオトは気を失った。 「先生大変だよ! ナオトが教室で転んだところに机が倒れて、頭ぶつけちゃったんです」 シンタローは、子分のテルオとともにナオトを保健室へ運び込むと、保健のホシノ先生に向かってさも焦ったような顔で云った。 「まあたいへん、カンノくんどうしちゃったの?」 「転んで頭ぶつけて気を失ってるんだ。俺たちが不注意だったんです。こいつしばらく寝かせといて、気がついたら家に帰したほうがいいよ。アベ先生も今いないみたいだから、オレ、カンノの家に電話しときます」 「忙しいのに悪いわねえ、どうかお願いね」 シンタローたちが保健室を出て教室に戻ると、ナオトを除くクラス全員が、まだ音楽室に行かず残っていた。 シンタローは神妙な顔で云った。 「おい、ナオトにチャンのことをチクった奴、お前らの中にいるか?」 「いねーよ、オレたち口が固いの知ってるだろう!」声のでかいコーイチがわめいた。 「あいつ、チャンの次の●●●にしちまうか。そろそろやべー時期だぜ。▲▲ヤロウの肩持つところも気に食わねえし」 「そうしたほうがいいと思うわ。あの子、頭がいいから。はじめできないだろうと思って無理やり学級委員に推薦した筈なのに、ウチの学校に転校してきて3日でクラスの子の名前、全員覚えちゃったでしょう。じきにチャンくんのことだって見破っちゃうわよ」 女子の学級委員のセイコが、緊張した面持ちで云った。 「けど、教育委員会あたりからアシがついたらどうする? その先のことまで考えたらヤバくねえ?」と、腰ぎんちゃくのケンが、声を裏返らせながら云った。 「そのときは、担任のアベっちのほうからでも校長に泣きついてもらって、PTAにも協力させて、全校そろってバックレちまえばいいだろ、問題ないよ」 シンタローが力強く云うと、全員がなるほどという顔をしてうなづいた。 「今日からいなくなった」チャンと転校生のナオトを除いたこのクラスの結束は、ある「共通の秘密」をめぐって、どうやら固いらしい。 これは、担任のアベ先生にとっても好都合なことなのだった。1学期の終わりごろ、教室内でチャンの「●●●ごっこ」を目撃したとき、それを注意するどころか黙認し、あまつさえ一緒になって手拍子したことだって、こいつらなら庇ってくれる。 今、こいつらとオレは、5年3組を通じて一蓮托生だ・・・。 アベ先生は、校長室でA新聞の記者に対峙しながら、そんな戯けたことを本気で考えていた。 転校したはずのチャンくんの両親が、あらかじめコンタクトを取っておいた新聞記者と鉢合わせすべく、今まさに校長室の入り口までやってきていることも知らずに。 * * * * * * * * * * こんなクラスが現実にあると想像するだけでイヤだな。でも昨今の事件についての報道を聞いてると、こんなことも「なきにしもあらず」のように思えちゃうから、シャレにならない、怖いアルネ(ブルブル)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
October 16, 2006 04:53:40 PM
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