創作小噺 蛤
か「暑っっいなぁあ~おぅ、邪魔するでぇ」
う「おぅ、よう来た。はよこっち入りぃなぁ」
か「なんや、朝からばたばたと。急に使いよこしたりして・・・よっこいしょ。近頃、身体の節々が痛うてなぁ。もう年かいなぁとおもてんにゃが・・
お!何並べてんにゃ?」
う「ン?ああ、これか。
これは今期の本因坊戦の最終戦の棋譜やでぇ。なかなかおもろい。ちょっと見てみぃ」
か「ほうほう、ふんふん」
う「身体の節々が痛いっちゅうてるくせに、碁盤の前に座ったら、えらい勢いやなぁ」
か「そらそや。他の何事でもない。こういうことやったら、何時間でもいてられる」
う「何時間もいてくれっちゅうてるわけやないで。
実はあんたと久しぶりにメシでもどうやろぅ~とおもて。知り合いからもろたんやけど、見てくれこの蛤。山ほどあるんや。一人では食べきれんのでなぁ」
か「ほたらなにかぇ、今日ワシのこと呼んだっちゅうのは、この蛤料理を食わそうっちゅうことか?」
う「そやねん。ものすごい数の蛤やろ。」
か「なるほど」
う「貝やからナマモノやし、賞味期限もきまっちょる。無駄に腐らすのもなんやとおもて、あんたんとこに使いをやったっちゅうことや」
か「そら、ありがたいなぁ、一体いくつあるんや?」
う「180個あるんや」
か「ほうほう、180って、エライたくさんあるんやな」
う「そやさかい、まあなんちゅうのか手を替え品を替えて、食い切らんと。
蛤のうしお汁、蛤の酒蒸し、焼き蛤、蛤飯、蛤の酢味噌和え、蛤のてんぷら、蛤のお造り・・・」
か「聞いただけで涎がでてくるなぁ」
う「蛤の蟹玉、蛤餃子、蛤ワンタン包み揚げ、蛤のキムチ和え。蛤鍋、蛤たこ焼き、蛤焼きそば、蛤巻寿司・・・」
か「なんかちょっとあやしなってきたな」
う「蛤の一夜干しに、蛤ピザ、蛤の朝漬けに蛤の串カツ、蛤のフリカッセ」
か「なんやそれ」
う「あんた、甘党やったな。デザートもあるでぇ、蛤あんみつ、蛤杏仁豆腐、蛤シャーベット、蛤ロールケーキ、蛤コーヒー」
か「やめてくれぇ」
う「まま。冗談はこれくらいにして、とにかくあんたとワシでこの180個の蛤の暴れ食いしよとおもたんや。
それにな、今日はこの立派な蛤をつこて、ええ碁石を作ろうっちゅう趣向まであんにゃで」
か「なんでや?」
う「みてみい、この碁石。那智黒の黒石はあっちこっち欠けてしもてるし、蛤碁石の白石は歪んどる。
さっきの本因坊戦の棋譜かて、この碁石では上手いこと並べられへんねん。そやさかい、この機会をつこて新しい碁石一組作ろうっちゅうことに」
か「おお」
う「今決めた」
か「なんや、そら。まあええわ。よっしゃ、まかしとけ。
碁石の為なら、何が何でも最後の一個まで食い尽くすでぇ」
う「頼むでぇ。ほな食いはじめよ。食たら、食うた後に旋盤でばんばーんと型抜きしていくんや。
石の形に抜いて、削って、分厚い碁石作ったるでぇ~ちゃんと本場の職人さんまで待機してるやからな」
か「そうかぁ。それにしてもえらい仰々しいけど、なんで?」
う「今日は特別な日やないか。忘れたんか?」
か「うーーーーん?、何やったかいなぁ」
う「まあ、食てる間に思い出すで。早食べよ」
か「おっしゃ」
ということで、うーさんとかーさんは蛤料理に舌鼓を打ち出したんですが、それを横で聞いていた碁石たちもなにやら話をしだしました。
黒「えらい勢いですな」
白「ホンマにもう。あの二人、顔あわせたら碁盤を囲みますからな」
黒「わたいらも、何度も何度も並べられては崩されて」
白「最後の半コウでエライ勝負になったこともありました」
黒「そやけど、なんや聞いてたらあんさんお払い箱みたいでっせ」
白「そうですな、新しい蛤の碁石作らはるみたいですな。けどあんさんかて、そのお姿やさかいもう引退ですわ」
黒「えぇえ~そうですか?まだまだやれるとおもてましたけど」
白「あっちこっち欠けてるし、歪んでるし。わたいよりあんさんの方が悲惨ですがな」
黒「いやいや、あんたの方が」
白「なんせ、どえらいことが起こりましたさかいなぁ。あれからもう何年やろ。みんなもう、忘れてしもてるかもしれまへん」
黒「そうですな。けど、伝説っちゅう名のヒーローにもなってまっさかい、まあお役はつとめたっちゅう気もします」
う「かーさん、なんか話声がせぇへんか?」
か「なにゆうてんねん、ココにはあんたとワシと・・・、蛤だけやがな」
う「さっきから、なんかぼしゃぼしゃと、話声が・・・・・あーーーーーーー」
か「どないしたんや」
う「石が石が石がぁあああ」
か「?」
う「しゃべってる」
か「そんなことあらへんやろ」
う「ホンマやがな。あの碁盤の上の石が」
か「うーさん、この暑さにやられて頭おかしなったんとちゃうかぁ。石がしゃべるわけな・・い・・
ひゃーーーーーー」
う「そやろ、そやろ。しゃべってるやろ」
か「しゃしゃしゃしゃべってる。しゃべってる」
う「オソロシイもんやなぁ。年月経た道具っちゅうのは、魂が吹き込まれてしゃべることができるようになるんやな」
か「って感心してる場合か?
ワシら、この石の替わりに新しい碁石一組作ろうっちゅうことで蛤食うてるんやで。
もし、それを心よぉおもわへんかったら、碁石のたたりが」
黒「あ、気がつかれた」
白「ホンマや、しもたな」
黒「いや別にかましまへん。新しい石作ってくれてもかましまへん」
白「わたいらもそろそろ、引退かなぁとおもてましたよって」
か「ほな、気ぃ悪うしてるということは」
黒「ありまへんがな」
白「早、蛤食べなはれ」
う「そうでっか?ほな、まあ、食べ続けさせてもらいまっけど」
ということで、うーさんとかーさんは蛤料理を食べ続け、黒白碁石たちはまだしゃべり続けます。
黒「わたい、あんなにぱらぱらとまかれて、どないなるんかいなぁとおもてましたんやで」
白「あはは、そやな。かーさんの黒石ちゅうたら、いつもバラバラでしたから」
黒「そやけど、いつのまにか綺麗につながってしまうんやから、ホンマ怖いもんです」
白「思えばあの時も、あんさんの方がかーさんやった」
黒「あの時は三日もかけてやってたんでっせ」
白「今や二日の対局も、遅いっちゅうて。早う早うて言われるけど、長い碁も楽しいですけどな」
黒「あんさん、何もしらへんのですな」
白「?」
黒「今は石を実際に手で打つ人、あんまりいいひんのでっせ」
白「え?そしたら」
黒「バソゴンたらパソコンたらいうもんで、碁を打つらしい」
白「ほんまでっか?」
黒「ええ、勝手に打って勝手に地も数えてくれて、終局図で勝手に判定するですわ。そやから整地でけへん人が多いらしい」
白「ひゃー」
黒「あの時から考えたら、ウソみたいでっけど。時間は流れたんですわ」
黒「対局場へ行くための汽車が動かへんちゅうて野宿することもないし・・・
そやけど、あの時はもう、汽車が動いてるっちゅうだけで御の字でしたからな」
白「もともとの場所、移動したから、なんとかわたいらもこうして形がありまっけど」
黒「ぴかっとなんや光った!とおもたら」
白「どえらい爆風で、わたいらふきとばされましたからなぁ」
黒「それでも、うーさんもかーさんも、最後まで打ってくれた」
白「本因坊の心粋っちゅうやつですか」
黒「思えばわたいらも、欠けてようとも、歪んでようとも」
白「今の今まで、碁石としてやってきたわけで」
黒「ありがたいっちゅうたら、ありがたいんやろねぇ」
白「そうですな。で、今日がその日ですか」
か「・・・・うーさん」
う「なんや、かーさん」
か「そうか、思い出したわ」
う「そうか、思い出してくれたか」
か「そやね、今日がその日やったんか。8月6日やもんな」
う「そやで、8月6日。広島の日ぃや。そやからこの日なんや」
か「・・・・うーさん」
う「なんや、かーさん」
か「バソゴンたらパソコンたらいうもんでもええから、これからもたくさんの人に碁を打ってほしいなぁ」
う「そやな」
か「ワシら、こうやって雲の上で見てるンやさかい」
う「丁度蛤、全部食えたし。これで白石はできまんな」
か「次は那智へ黒石とりにいこか?」
う「いや、もうでけてるんや」
か「なんで?」
う「今日が頁岩(けつがん)=結願やからな」
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
もっと見る
|
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
エラーにより、アクションを達成できませんでした。下記より再度ログインの上、改めてミッションに参加してください。
x
Category
(8)
(265)
(6)
(54)
(28)
(8)
(78)
(3)
(24)
(214)
(7)
(1)
(12)
(2)
(1)
|
|