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カテゴリ:心理・思考
ヘイ君に何をあげよー【イチニクス遊覧日記さま】
理由のわからないことで泣きそうになるということは、年々少しずつ増えているような気がしている。 しかも、音楽がそのきっかけとなっていることが不思議と多いように思えてならない。 聞いていて、不意に目が潤んできていると「あ、やばい」と感じる。 大抵こらえても、少しは泣いてしまうようだ。一度漏れそうになったものは、完全には止められないようだ。 頬をつたう涙を拭きながら、「泣かされた…」とか思うこともある。 特定の音楽には私の涙腺を刺激するものがあるのかもしれない。 ただ、普段は何気なく聞けている音楽が、なぜか今日はダメで、不覚にも泣いてしまったなんてこともあるので、自分の感知しきれていない範囲で精神的な変化が起こっていて、その音楽をトリガーにして、涙という形で表に出てきただけなのかもしれない。 自分では押せないスイッチのようなものを、パソコンから流れるそのピアノの音が押したことがうれしくて、その曲を作った人にお礼をいいたくなる。 理由のわからない涙は、私にとって少しの混乱をもたらす。 この涙はなんだろう。何のサインだろう…と。なんでもないはずなのになんで泣きたくなっているのだろうか…と。 音楽で泣くことなんてないと思っているのか、原因はいつも、自分の中から探そうとしている。 ただ、仮にその曲が原因だとわかったとしても、私はとてもじゃないが、感謝の気持ちなんてわいてこないと思う。 沸いてくるのは、むしろ逆。「なんて事をしてくれたんだ。泣きたくなんかなかったのに」などと思ってしまうに違いない。 おそらく私は、泣くことにかなりの抵抗があるのだと思う。「泣かされた」なんて思ったりするのがいい証拠だ。 最も、私は、怒ることに対しても否定的だし、自分が笑顔になっていることを指摘されると憮然となったりしがちなので、感情を表に出すこと自体にあまりいいイメージを持っていないんじゃないだろうか。 ここでも、自分の感情面とはなるべく切り離しておこうとか思っている部分があるし、知らず知らずのうちに自分の感情に対して抑圧しているのかもしれない。 感情にたいする否定的なイメージを払拭し、素直に泣くことができるようになれば、相手に対する感謝の念もうまれてくるのかな。 そうなのかもしれない。 ちょっと今の自分からは考えられないんだけどね。 だって、今の私にとっては、理由や、きっかけが何であれ、泣く、泣かされるというのは、不覚にしか思えないから。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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