わたしが一番きれいだったとき~♪ 茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき街々はがらがら崩れていってとんでもないところから青空なんかが見えたりしたわたしが一番きれいだったときまわりの人達が沢山死んだ工場で 海で 名もない島でわたしはおしゃれのきっかけを落してしまった わたしが一番きれいだったときだれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった男たちは挙手の礼しか知らなくてきれいな眼差だけを残し皆発っていったわたしが一番きれいだったときわたしの頭はからっぽでわたしの心はかたくなで手足ばかりが栗色に光ったわたしが一番きれいだったときわたしの国は戦争で負けたそんな馬鹿なことってあるものかブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いたわたしが一番きれいだったときラジオからはジャズが溢れた禁煙を破ったときのようにくらくらしながらわたしは異国の甘い音楽をむさぼったわたしが一番きれいだったときわたしはとてもふしあわせわたしはとてもとんちんかんわたしはめっぽうさびしかっただから決めた できれば長生きすることに年取ってから凄く美しい絵を描いたフランスのルオー爺さんのように ね