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――そのとき、真実が
わかるのよ、とおんなが 言った おとこは、百年の酔いの奥から その託言をきいた 《まっこと、季節は 夏へ夏へ そしておとこは そしておんなは すべもなく裸になる》 みなわ ひとし 今年最初の台風の影響で 駅のダイヤが大幅に乱れていた。 元は、駅のホームのベンチに 大きな黒いバッグをドスンと置いた。 坐りしなにマイルドセブンに 火をつける。 「ついてない、まったく」 本当はクルマで、隣町の檀家の家に 行こうとしていた。この雨で、川が氾濫して それが不可能になった。 「まったく。ついてない」 言ってもしようのないことを つぶやきながら、吸いかけのタバコを 足元で踏んづけた。 (ゴミ、みーつけた) ウワ、レモンが目の前にいる。 「げえ、いつからそこにいるの」 言いながら、テレ隠しに タバコの吸い殻を拾い上げる。 「クルマ、ダメなの? 川あふれちゃった のね」 レモンが隣に坐る。 「そっちこそ、仕事?」 「そう、なの。どうしても今日 届けなきゃいけなくて」 薄紫のサマーセーターが、 無造作なまとめ髪によく似合っている。 「オレ、ツイてるかもしれない」 「エ、何?」、レモンが無邪気に 問い返す。 「いやー、なんもなんも」 元は、ジーンズのポケットを探っている。 「ガム、噛む?」 「ありがとう」 レモンが、素直にガムを口に運ぶ。 元も、ガムをほおりこんだ。 (台風もいいもんじゃないの) 元は、じわじわと幸せな気持ちに なってきた。 「アラ」 レモンが、反対側のホームを見て 立ち上がった。 中肉中背の、浅黒い引き締まった顔の 男が、ホームの柱に寄りかかる ようにして、こっちを見ていた。 「まあ」 今度は口の中でつぶやくように レモンの声はか細くなった。 そして、静かに腰をおろした。 男は、軽く目を細めるようにして レモンを見ていた。 リラックスして、ふわりとそのままの 姿勢でいた。 レモンは、何か零れ落ちそうになるのを 耐えるように、そっと目を閉じた。 元には、確たる自信もなかったけれど ただならぬ何かを感じてしまった。 凝視するように男に 強い視線を放った。 ――まもなく、上り特急電車が ホームに入ってまいります―― アナウンスがあった。 向かいのホームに静かに 電車がするりと入ってきた。 男は乗り込むと、こちらのホームに向かって ガラス越しに立った。 レモンが顔をあげた。 男は、その瞬間を逃さないように、 唇を動かした。 レモンははじかれたように 立ち上がった。 そうして、黙って男に向かって お辞儀をした。レモンもまた、 同じように唇を動かした。 電車がガタンと音を立てて 動き出した。 男が、微笑んで手を軽く振った。 レモンは、電車が見えなくなるまで じーっと立ちすくんでいた。 「元さん、私帰ります」 レモンが小走りに、改札口を出て行った。 あの二人なんて言ってたのだろうか。 元にはこう聞こえたように 思えた。 「ゴ・メ・ン・ネ」 楠田レモン お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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