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テーマ:柴犬同盟(14031)
カテゴリ:柴わんとの日々
先日、【人間ドキュメント】で老犬介護の実際を見ました。
いずれやってくる現実。 はなも海も今はメッチャ元気だけど、人間以上のスピードで 老化は確実に進み、いつの間にか私達の年齢を超えていきます。 そうしたら、やはり仕事を辞めて介護するのかな… って夫婦で話し合いました。 6年前、私は犬ではないけど、ペットの介護をしました。 それは、ハムスター。 独身時代、私はハムスターを飼っていました。 看護師寮でも、内緒で飼っていました(^。^;) でも、ハムちゃんの命って2年くらいなんですよね。 独身時代に、男の子と女の子と2つのゲージで飼っていました。 その名も「はるか(女の子)」と「かなた(男の子)」 でも、かなたは数ヶ月で死んでしまいました(ーー; はるかは、結局2歳4ヶ月と、かなり頑張って長生きしてくれました。 ホントに可愛い子で、仕事から帰って家の明かりを灯すと 灯りと音で私の帰宅を察知し、ゲージ内のベットから出てきて 「ガォ~~ン」と大きな欠伸して『お帰り~♪』って(^o^) そして、「散歩行きたいよ~」ってゲージをガリガリかじり始めて 扉を開けてあげると、嬉しそうに飛んで跳ねて部屋中を駆け回ります。 でも、食事の時間になるとチョコンと私の膝に乗ってきて 「ごはんちょうだ~い!!」って小さな両手を合わせるんです。 ごはんが大好きだったので、一緒に食事をしていました。 そして、私と一緒に嫁に行きました(笑) 新しい家にも慣れ、別荘まで作り(洗濯機とタンスの裏) 生活スタイルも同じように、夫が帰宅すると ゲージをガリガリ…。 夫にも大変なついていました。(私以上だったかも…) でも、徐々に老化が目立ち始めて 2歳3ヶ月で、とうとう寝たきり状態に。 その時は12月で、私達が仕事で居ない間は部屋も寒いので 小さなホットカーペットをゲージの下に敷き 一日中暖めていました。 自分ではごはんも食べれず、ストローで野菜ジュースを スポイトのようにして飲ませてあげたり ごはん粒を口元まで運んであげたり。 排泄も、オ○ッコは自力で出来ましたが ウ○○はできなくなってしまって。 腸は動いているので、なんとか下までは降りてくるのですが 最後の排出作業は本人の力みが必要なんですよね。 それが出来ず、肛門付近でウ○○が停滞しちゃうので 綿棒や爪楊枝を使って、かき出してあげて。 (看護界では摘便と言います) 寝だこが出来てはいけないので、時間を見計らって 体の向きも換えてあげて。 そんな生活が1ヶ月弱続きました。 最期は、はるかたった一人で迎えさせてしまいました。 大晦日、私は夕方からの夜勤で15時には家を出ました。 そして、夫は私より一足先に帰省していたので不在。 新年が明けて、深夜2時頃帰宅。 すると、既にはるかは硬直していました。 でも、ホットカーペットに当たっていた一部分だけは暖かく… 新年早々一人で大泣きしました。 はるかちゃん、ごめんね、ごめんね… 苦しかったかな…、寂しかったかな… たった一人で逝かせてしまって… 普通に見たら 「たかがハムスターごときに…」 って思われたかもしれませんが、私には大切な大切な家族でした。 だから、いずれやってくるであろう はなと海の介護には、後悔しないようにしたいです。 一人で逝かせちゃうようなことは、絶対にしたくないです。 今は元気いっぱいのはな&海。 少しでも長生きしてもらえるように、健康管理には留意して 愛情をいっぱいいっぱい注いでいきたいと思います。 散歩帰りのはな&海。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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