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sakuranoiro幸福な気分。
ボクがいいというのだから、あなたの中で不自由に思うこともいっぱいあるのだろうけどそれはあなたが変えたいのなら努力すればいいのだし そのことについてボクが不愉快に思うことはありません。 何事もそうです。 まるで勝手気侭にお互いがあっちとこっちそっちとこっちに居るようだけど そうではないよね。 そうでもあるよね。 そうではないのは、バラバラではないということ。 そうでもあるのは存在を認識すること。 否定するということは、(相手を)理解ができないから。肯定するものを持っているから。否定と肯定の間は非常に曖昧であり、価値基準に拘ることこそが既に価値観の発生なのに。 現実と仮想の違いにずっと悩んでいたけれど、このことに全て当て嵌まる。 覚醒している保証なんてどこにもないじゃない。 本当のことをどうかなんて考えるくらい難しいことだと思う。 患者を病気だと決める医者。ボクは時間があれば延々と悩んでるかもしれない。 その人の高血圧なんてわからないもん。高血圧で身体全体のバランスを保っているのだとしたら、薬で下げてもいいのか。寿命を延ばして生きながらえることに結果の狂いは生じないのか。 成るべくして今日がある。そういった技術や選択肢があることはいいと思う。 そう考えるとボクは社会主義なのかなー。全体主義というのかな。個人的な欲求、我が侭は低次元だと考えてる。我慢=美徳。それはできないと愚かだなァ恥ずかしいと情けない自分。我慢できたら誉めたくなりません? あぁ、ボクは赤だとは思わなかったけどなァ。 環境に順応するところ、不平や不満を口にするのは己の至らないろところ不甲斐なさ。 自由はあまり求めてないのかもしれない。 他(他人、他者、とにかく自分以外のすべて)を尊重する、というつもりでいたんだけどね。 そう、他人が不平や不満を口にすることは別にいいのでは。なのかなー ちょっと違うような気もする。でも、「言うのは(みっともないから)止しなさい。」と子供には制するかな。彼は彼で何か気づくこともあるだろう。偏ってしまわなければいいと思う。頑なだったり悲観的だったりしないで、広い考えを持って欲しいな。 プレゼントをもらったうれしい話しだったんだけどな。 窓の外を見ると大きな桜が見えるからまた幸福になれるよ。ありがとう サクラもありがとう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年05月02日 08時42分48秒
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