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カテゴリ:本・映画
1992年に刊行されたちょっと古い本ですが、とても面白かったので。
著者のオリバー・サックスは、映画「レナードの朝」の原作などを手掛けた神経科医。 これも、彼が出会ってきた不思議な症例を集めた素晴らしいメディカルエッセイ。 表題にもなっている「妻を帽子とまちがえた男」Pは、視覚的失認症。 優秀な知性を持つ、機知にとんだ音楽家でありながら、目で見たものを認知できない…つまり物体は見えているのに総合してそれが「何であるか」を認知できない。 例えばバラを渡され、 「約3センチある。ぐるぐると丸く巻いている赤いもので、緑の線状のものがついている」 医師「何だと思います?」 「単純な対称性はありませんね…これは花と言ってもよさそうですね。」 医師「匂いをかいでごらんなさい」 「なんときれいな!早咲きのバラだ。なんとすばらしい匂い!」 そして「愛しのバラよ、愛しの百合よ…」とハミングで歌い出す! 診療が終ったと、隣に座っていた妻を帽子とまちがえてかぶろうとする! 半側無視(片側のものだけが認知できない)や顔貌失認症など、こういった失認症については知ってはいたけれど、Pはその総合といった感じ。そしてこの失認症の驚くべきところは、本人に自分はおかしいという認識、過去の視覚からくる認知に対する記憶も無いところ。本人はいたって普通、ある意味幸せなのです。 こうして常に温かいサックスの眼差しとともに、個人の様子を詳しく知ると、単に珍しい病気、ということだけでなく、視覚とは?認知とは?人間とは?アイデンティティとは?魂とは?…とものすごく考えさせられます。 コルサコフ症候群で逆行性健忘(「メメント」「博士の愛した数式」の主人公と同じ)になっているジミーは記憶が1945年で記憶が止ったまま30年以上暮らしている。 付き合ううちにサックスは悩み、病院のシスターに尋ねる。 「彼に魂があると思いますか?」 「ジミーが礼拝堂にいるところをみてごらんなさい。そして御自分で判断してみてください。」 …行ってみると、そこには心動かされる程ひたむきに聖体拝領を受け、ミサの精神と一体化するジミー。 「人間は記憶だけでできているわけではありません。人間は感情、意志、感受性をもつ倫理的存在です。神経心理学はそれらについて語ることはできません。それゆえにこそ、心理学の及ばぬこの領域において、あなたは彼の心に達し、彼を変えることができるかもしれないのです。」 他にも、自己の体の感覚を無くした女性、ファントム(幻の体の一部)を持つ男、機知あふれるチック症の男、突然青春を謳歌する老婆、数字の見える自閉症の双子…ほんとうに不思議で、人間、生というものについて考えさせられる症例が満載のスゴイ一冊です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.09.08 16:08:42
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