|
カテゴリ:舅と姑
昨日、午後2時30分 舅は 癌のため 亡くなりました。 76才でした。
学校を早退して駆け付けた 娘と息子が 手を握り 見守るなか 静かに息を引き取りました。
「おじいちゃん」 と2人が声を掛けると 「うー。」と言う声を発し 最期の力を振り絞り 手を握り返してくれました。
中国に出張していた夫は 間に合いませんでした。 危篤状態に陥った直後から 携帯に電話をし続けましたが なぜか繋がりませんでした。 繋がらないことなんて いつもはないのに 「仕事が優先。呼ばなくてもいい。」と 最期まで言ってた 舅の思いが そうさせたのでしょうか。
昨日の早朝やっと繋がり 夕方には病院に来る予定でした。
息を引き取る直前に 「夕方、○○さんが(夫のこと)来るまで頑張って。」と励ましましたが 何か言って 亡くなりました。 「仕事のほうが大切だから、呼ばなくていい。」 と言ったのではないかと と思います。
意識がある舅に会ったのは 一昨日の午後が最後でした。 病室に入っていくと 携帯電話をいじり 「これ、どうやってやるのかわからない。」 と言いました。 「電話がかかってきたのですか? どこかへ掛けたいのですか?」 と聞いたら 「わからない。」 と答えました。 「お義母さんを呼びましょうか?」 と言ったら 「いや、呼ばなくていい。」 と答えました。
「私の葬式に出られるのだろうか。」 と うつ病の姑をいつも気遣っていました。
「今日は何日?」 と聞かれたので答えると 「息子が中国から帰ってくるまで、後4日か。」 とため息をつきました。
私が帰るとき 心細そうにずっとずっと私の顔を見ていたので 「もし気分が悪くなったら このボタンを押してください。 看護婦さんがすぐに来ますから。」 と言ったら ナースコールも もうわからなくなってしまったようで 「これを押すんですか。」 と言い 大事そうに懐にしまいました。
あのときに 病院に泊まって ずっと一緒にいてあげれば良かったと 悔やまれてなりません。
姑に電話して話しましたが うつ病で外出もままならず 「明日、頑張って病院に行ってみるね。」 と言ってた矢先 その晩の 11時過ぎに 危篤状態に陥り 意識がなくなりました。
最後に会った あの心細そうな顔を思い出すと 溢れ出る涙を 抑えることができません。
こんなときに パソコンに向かってと 思われるかもしれませんが 何かをしてないと 落ち着かないのです。
さきほど パソコンを開いたら 皆さまからの 温かいお言葉の数々を 目にして 感謝の気持ちでいっぱいです。 レスをすることはできませんが 全部読ませていただき 心に沁みました。 本当にありがとうございました。
お通夜と告別式を 数日後に控え これから 忙しくなります。
「美和さん、泣いてばかりいないで きちんと皆さんをお迎えして。」 と舅に叱られそうです。
「願わくば 紅葉焼く木に交わりて 酒くみかわし 死にたかりしを」 舅の辞世の句です。
今頃は 天国で 舅の両親や二十歳のときに先に逝った弟さんと 「もうすぐ紅葉だね。」と言いながら 飲んでいるのでしょうか。
お義父さん 最期は辛かったね、寂しかったね 天国でゆっくりお酒を飲んでね と言ってあげたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[舅と姑] カテゴリの最新記事
|